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2008年6月 6日 (金)

日本で読めるポルトガル語の刊行物 「くらしで使えるポルトガル語」

今回のスキットでは、めぐみとクラウヂアがポルトガル語の新聞を売っている店について話をしていました。スキット中に同じ形の文章がありますが、「ポルトガル語の新聞が売られている」というときは、“Vemdem jornais em português.”となり、主語が特定されない文として、動詞の3人称・複数形を頭に置いた文になります。第8課のフレーズ5で紹介した文の形と同じです。少し分かりにくいところですが、第8課のフレーズと見比べながら確認してみてください。

放送の中でも武田先生がお話しされていましたが、日本でもブラジル人向けに発行されているポルトガル語の新聞があります。東京に本社のあるポルトガル語の刊行物を専門に作っている新聞社では、毎週1回のペースで新聞を発行しています。内容は大きく分けると日本国内および本国ブラジルのニュースを中心にした一般紙の内容、サッカーなどの情報を載せたスポーツ紙の内容、そして日本全国に点在するブラジル人のコミュニティに関するニュースや情報を載せた紙面、これらが大きな柱となっているとのことです。

スキットにもあるように、これらの新聞はブラジルの食材や生活用品を置いてある店で売られている他、ブラジル人の多くすんでいる地域であれば、一般のスーパーやコンビニエンスストアなどでも売られているそうです。

新聞は有料ですが、無料で配布されているフリーペーパーもあります。実際見てみると、ニュースや情報、インタビューやコラムといった企画記事の他、ブラジル人に向けた求人広告や、電話など生活面の各種サービスに関する広告が目立ちます。フリーペーパーということで広告収入に頼っているという面もありますが、実際に家族で来日しているブラジル人にとっては特に重要な情報でもあり、例えば夫が日本の会社に勤めていてしばらく経ち、日本の生活にある程度慣れてきた妻や子供がパートやアルバイトに出たい、と考えたときなどの情報源にもなります。

また、ブラジル人が週末に集いパーティーなどが行われている模様を取材したページも設けられています。参加者が楽しんでいるスナップ写真が満載で、次の週末にどこでこうしたイベントがあるかといった情報も掲載されています。パーティー好きなブラジル人らしさが垣間見える一面と言えるでしょう。フリーペーパーは、日本では、ブラジルのものを取り扱う商店のほか、ブラジル料理の店などにもよく置かれており、比較的手軽に入手できます。



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2008年6月16日 (月)

ブラジルのポルトガル語の「あなた」 「くらしで使えるポルトガル語」

今回学習した動詞はdarだけでしたが、この課では初めて「目的語」の代名詞が登場しました。英語等を学習した方なら、目的語とはどういったものであるかはもう既にお分かりかもしれませんが、代名詞を置く位置が英語とは違いますので、違和感を感じる方も結構いらっしゃるのではないかと思います。文法は、それぞれの言語によって異なりますから、複数の言語を学んでいるとちょっとこんがらがってくることがあるかもしれません。


 さて、ここまでブラジルのポルトガル語を学んできて、テキストでは重要な動詞が登場すると、その活用形についても同時に紹介しています。お気付きの方も多いかもしれませんが、活用表にあるのは「1人称・単数(eu)」、「3人称・単数(você)」、「1人称・複数(nós)」、「3人称・複数(vocês)」の4種類について、現在・完了過去といった時制ごとの活用形を紹介しています。“você(vocês)”の意味は「あなた(たち)」ですが、英語等とは異なり3人称で、“ele(彼)”や“ela(彼女)”と同じでしたね。では、ポルトガル語には「2人称」はないのか?というと、実はそうではないのです。


 もともと2人称の「あなた」という意味の代名詞はポルトガル語にも存在しており、主語で使われるときの形は“tu”です。ただこの“tu”はブラジルでの日常会話ではほとんど登場しません(ポルトガル語の「本家」であるヨーロッパのポルトガルや、文語的な表現では使われているようです)。一般的には“tu”よりもフランクな“você”(日本語で言うと、「お前さん」とか「あんた」といったニュアンスに近いのでしょうか)が代わりに使われているために“tu”の出番がほとんどなくなってしまいました。ただ、「あなたに、君に」というように目的語となる場合には、この2人称“tu”が目的語として使われる時の形である“te”が今でも有効に使われており、これが今回学習した“te”を使った構文というわけです。


 ところで、「あなた」という時に、もし“você”と言うには少々失礼になるかも、と思える相手だった場合などは、どう言ったらよいのでしょうか。テキストでは、第20課の後のページに掲載されている「この講座で学んだ文法のまとめ」に紹介されています。「文を作ってみよう!(100ページ)」に、主語となる代名詞がまとめられていますが、“você”,“vocês”の下にそれぞれ“o senhor(男性の場合),a senhora(女性の場合)”,“os senhores(男性の場合),as senhoras(女性の場合)”が「あなた(たち)」を意味する代名詞に加えられています。これらがいわゆる「敬称」であり、目上の人や、距離をおきたい相手などに対して「あなた」と呼ぶ時に使われます。“você(s)”といっしょに覚えておくと便利ですね。



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2008年6月20日 (金)

ポルトガル語の不規則動詞いろいろ 「くらしで使えるポルトガル語」

今回は、文法上の学習項目よりも、いろいろな動詞を覚えることに重点を置いた内容でした。
ポルトガル語の不規則動詞は、今回放送やテキストで紹介したもの意外にも沢山あるのですが、現在形・完了過去形の全般において全く不規則な活用をするものもあれば、ほんの一部だけ不規則な形をとるものの、半分以上は規則動詞(-ar動詞、-er動詞、-ir動詞)と同じという、いわば「部分的な不規則動詞」もあります。今回は、放送およびテキストに出てこなかった動詞をいくつかピックアップして、現在形と完了過去形の活用を紹介します。
全部覚えないと…、と思ってしまうとちょっと頭が痛くなってしまうかもしれませんが、実際の会話では時制や主語の形に伴う活用を多少間違えていても、言いたいことはちゃんと相手に伝わるケースも多くあります。表を見ながら覚えるのと並行して、失敗を恐れずにどんどん実践で使ってみることが、動詞を覚える近道かもしれません。



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2008年6月27日 (金)

ブラジル流の「親切心」 「くらしで使えるポルトガル語」

この講座に出てくるめぐみとクラウヂアの会話には、日本で暮らすブラジル人が実際に体験した実話をもとにした話がところどころに盛り込まれています。今回の第13課のスキットの内容も、武田先生が知り合いのブラジル人から聴かれた実話がもとになっているとのことです。

 この番組の制作過程では、武田先生と番組スタッフがスキットの内容や学習すべき内容などについて、いろいろと話し合って検討を重ねてきましたが、この第13課についてはなかなか面白い意見も交わされました。確かに、典型的な日本人のイメージというと、「感情をあまり外には出さず、控えめ」ということが長年言われてきていますし、いわゆる「ラテン系」などというと何だかとにかく明るくて、喜怒哀楽が激しい、という印象を持ちます。実際日本人だと、クラウヂアのように目の前で女性が転んだのを見た場合、その女性が自分を「カッコ悪いなあ」と思っているところに声をかけたりすると嫌がられるのではないか、と考えて見てみないふりをしてあげる、というケースはよくあることだと思えます。

それがブラジル人だと、周りのみんなが心配して「大丈夫?」と声をかけてあげないと、転んだ人がかわいそうだと考えるわけです。もっとも、これも親切心からきていることは日本人でも理解できない人はまずいないだろうと思いますが、声をかけるかかけないかで、一瞬迷ってしまうことが結構あるのではないでしょうか。「東京ではこういうこともあるかもしれないけれど、関西だったらみんな心配して寄ってくる」という意見もあったりして、なかなか興味深い議論になりました。結局は、日本人であれブラジル人であれ、こうしたリアクションには個人差があるのでしょうが、両者を比べると声をかけてくれる人の比率が高いのは、やはりブラジルのほうかな、という結論に至ったわけです。

 というわけで、武田先生のほかにもブラジル人と仕事などで関わることの多い人に、こうした「国民性の違い」を感じたことがあるかどうかを尋ねてみたところ、やはり「親切心」をめぐるエピソードを教えてくれました。もちろん、全てにおいてそうだということではなく、ビジネスの場などではそんなことはあまり起こりませんが、日常生活の中でときどきあること、として教えてもらった話です。

 ある人が、道がわからなくなって、近くにいたブラジル人に場所を尋ねました。道を訊かれたブラジル人は、見たところ自信ありげに教えてくれたのですが、その通りに行ったところ、目的地には到着できなかったそうです。後日、道をきかれたほうの人に、その場所を本当に知っていたのかどうかを問いただしてみたところ、なんと、実はよく知らなかったということが判明したんだそうです。人によっては「随分いい加減な!」と怒ってしまうところですが、そのブラジル人にしてみたら、「せっかく困った人が道をきいているのに、何も答えてあげないのは『不親切』ではないか」と思ってしたことなのだそうです。これはなんとも難しいですね。
間違った道を教えられたら却って相手は困ってしまいますが、答えてあげた人も「思いやり」からしたこと、ということになると、一概に責めるのもどうかな、と思ってしまいます。

 もう一つ、これは「流儀」と言ってもいいかもしれませんが、ブラジルではパーティーなどのイベントが行われるときに、たとえば午後の9時から始まる、などと言われた場合、招待客はまず午後9時には会場に行かないそうです。それには、主催者が始まる直前まで準備に追われているときに、早い時間から押しかけていくと、主催者を急かしているようで失礼にあたる、という考えがあるから、というのがその理由の一つのようです。では、どれくらい遅れて行けばいいのかということになると、あるパーティーでは午後9時の開始から参加者が揃ったのはなんと午前0時近くだった、というのです。

 ひとえに「親切心」といっても、国民性の違いでこのようにいろいろ解釈ができるわけです。何が正しいかという結論は簡単に出せませんが、一つ「教訓」を得たとするならば日本人がブラジル人を招いてパーティーをしようと思ったら、開始時間をわざと早めに伝えるか、開始時間に遅れずに来てもらうように念を押すかをしておいたほうがよさそう、ということでしょうか。日本のパーティーに「ブラジル感覚」で参加しようとすると、会場に着いた頃には肝心のパーティーが終わっていた、という事態になりかねませんので…。



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2008年6月29日 (日)

アンコールドイツ語講座 応用編、6月の翻訳課題と模範訳 その1

2008年6月23(月)24(火)放送の特集で紹介した、翻訳課題と
Angelikaさんの模範訳と、優れていたドイツ語訳をご紹介します。
(Tは矢羽々先生、AはWernerさんのコメントです)

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6月23日(月)の課題
「人間が動物になるとか、動物がしゃべるなんて、日常ではあり得ない。でも物語の世界では、そんなことが起こっても、だれも不思議には思わないし、それどころか当然のことになっている。」

T:最初にAngelikaさんのドイツ語訳をご紹介して,コメントいたします。その後で,皆様の優れた翻訳をご紹介し、講評します。

Angelika Wernerさんの模範ドイツ語訳

A:Dass Menschen Tiere werden oder dass Tiere sprechen, ist in unserem Alltag unvorstellbar. In der Welt des Märchens aber hält dies keiner für ungewöhnlich, da wirkt es ganz selbstverständlich.

T:最初の文では,「日常ではあり得ない」は,Angelikaさんはist in unserem Alltag unvorstellbar「私たちの日常では想像できない」がいいのではといっています。「ありえない」は,es ist nicht denkbar,vorstellbar,es ist nicht zu glauben信じられない,などもいいわけです。「日常では」の部分,日々の生活でim täglichen Leben,日常の生活でim alltäglichen Leben,あるいは私たちの現実ではin unserer Wirklichkeitなどでもいいですね。

続く部分,「人間が動物になるとか,動物がしゃべるなんて」は,dassの副文にすればいいですね。なので,シンプルにはAngelikaさんのように,dass Menschen Tiere werden und dass Tiere sprechenとすればいいのです。
ここでは,注意点が3つあります。まず第1に,人間や動物は不特定の複数を指しているので,冠詞をつけずにMenschen,Tiereとしてください。それから第2に,「人間が動物になる」と「動物が話す」は主語が違いますので,2つの副文にしてください。そして第3に,「〜になる」werdenという動詞の「〜に」という述語は,1格で表現します。「〜に」は決して3格ではないので,ご注意ください。

T:2つめの文,「でも物語の世界では,そんなことが起こっても,だれも不思議に思わないし,それどころか当然のことになっている。」では,「そんなことが起こっても」は,前の文を受けてesだけでいいのです。これは皆さん,そうしていました。さすがですね。また,「だれも不思議に思わない」は,niemand wunder sich darüber,を的確に使ってくださった方が多くて,嬉しかったです。「当然」という部分は,findenを使ったり,fürナニナニhaltenなどを使って訳しましょう。denkenglaubenなどを使うと,dassで副文にする必要があります。形容詞はungewöhnlichやnormalと「普通だ」という意味の言葉を使うといいでしょう。後半部の「当然」はselbstverständlichnatürlichがいいのです。「物語の世界」では,の部分では,辞書を引くと物語イコールdie Geschichteが出ていて,これで訳した人が多かったのですが,これは意味が微妙に違うのです。
Angelika, ist an dieser Stelle das Wort (in der Welt des Märchens) "Geschichte" - also "in der Welt der Geschichte" - nicht so passend?

A:Nein, man würde hier Geschichte als Historie interpretieren. Man müsste dann sagen: in der Welt unserer alten Geschichten oder in der Welt von Erzählungen … aber man sollte es immer als Plural verwenden!

T:Geschichteには「ヒストリー,歴史」の意味もあるので,単数で言うと誤解のもとになるわけです。なので,in der Welt unserer alten Geschichtenのように複数だといいわけです。


T:いただいた解答から、優れていたドイツ語訳をご紹介します。

<1> 長崎県の「いわなが・いっこう」さん
  Dass Menschen sich in Tiere verwandeln oder dass Tiere sprechen, ist unmöglich. Aber wenn so etwas in der Welt der Märchen geschieht, findet man es nicht ungewöhnlich sondern normal.

A:Das ist eine hervorragende Übersetzung, finde ich! Es ist modernes Alltagsdeutsch, „Märchen“ ist im Plural, den Gegensatz zwischen ungewöhnlich und normal finde ich sehr passend.

T:素晴らしいですね。現代の日常で使われるドイツ語で書かれていますし,Märchenを複数にしたり,ungewöhnlichとnormalの対比も適切です。

<2> OGIHARA Erikaさん
Es ist normalerweise unmöglich, dass Menschen Tiere werden oder dass Tiere sprechen. Aber niemand wundert sich, auch wenn so etwas in Geschichten passiert. Man findet es sogar normal.

T:ここでは物語をGeschichteの複数形のGeschichtenで訳していますが,明らかに「お話・物語」の意味なので複数形でいいわけです。

A:Eine sehr gute Übersetzung! Um sie genauer zu analysieren: das „auch“ steht nicht im japanischen Text, sollte also weggelassen werden.
„normalerweise“ und „normal“ ist etwas wenig variantenreich, aber in Ordnung.

<3> 府中市の奥山さん
Es kann im Alltagsleben überhaupt nicht vorkommen, dass sich ein Mensch in ein Tier verwandelt oder ein Tier Worte sagt. Aber trotzdem würde niemand darüber wundern, auch wenn so was sich im Geschichtenwelt vollzieht. Das hält man sogar für realisierbar.

T:vorkommen「見られる」「生じる」という意味の動詞ですね。人間と動物を不定冠詞をつけて単数で訳しています。

A:Bei “wundern” und “vollziehen” braucht man ein reflexives “sich”.
„Geschichtenwelt“ ist eine schöne, kreative Wortschöpfung. „Geschichten“ ist dabei im Plural, das ist sehr gut. Vom Stil her ist es etwas gemischt:ein umgangssprachliches was statt etwas, überhaupt, sogar passt nicht so gut zu formalen Wörtern wie vollziehen oder Konj.II. ist hier nicht richtig.

T:一つの文の中では文体の統一が必要なのですね。

<4> ペンネームDokkyo-Maus
Dass die Menschen die Tiere werden und dass die Tiere sprechen, kann es in unserem Alltag nicht passieren. Aber wenn das im Märchen passiert, findet niemand komisch, sondern natürliche (selbstverständliche) Sache.

T:わかりやすいドイツ語ですね。

A:Es ist schon verständlich, jedoch sind ein paar grammatische Fehler drin. nach „sondern“ muss der unbestimmte Artikel „eine“ stehen. Auch am Anfang des Satzes muss statt „die“ Tiere, der unbestimmte Artikel stehen, da es ja eine ganz neue Information ist. Hier ist es dann im Plural, also: „dass Menschen Tiere werden …“


矢羽々崇 und Angelika Werner



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2008年6月30日 (月)

アンコールドイツ語講座 応用編、6月の翻訳課題と模範訳 その2

2008年6月23(月)24(火)放送の特集で紹介した、翻訳課題と
Angelikaさんの模範訳と、優れていたドイツ語訳をご紹介します。
(Tは矢羽々先生、AはWernerさんのコメントです)

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6月24日(火)の課題
「おおかみや魔女が強くて恐ろしかったのは、もう昔のことです。
今、おおかみも魔女も、やっつけられたり、いじめられたり、かよわい存在になってしまいました。」

Angelika Wernerさんの模範ドイツ語訳

Dass Wölfe und Hexen mächtig und Furcht erregend waren, gehört der Vergangenheit an. Heutzutage dagegen werden Wölfe und Hexen fertig gemacht und sogar gequält, sie sind zu hilflosen Schwächlingen geworden.

T:「もう昔のことです」は,Es gehört zur Vergangenheitとか,Es gehört der Vergangenheit anなどがすぐに思い浮かびます。
他には,どう言えるでしょうか?

A:„Es ist schon lange her“, „in alten Zeiten“, oder einfach „früher“ oder noch einfacher benutzt man Vergangenheit: X und Y waren

T:もう長いこと前に,Es ist schon lange her,とか,大昔に,in alten Zeiten,以前は,früher,あるいは過去形だけで,X und Y warenのようにしてもいいのです。
次におおかみや魔女は,不特定多数を表すと考えて,やはり複数形の無冠詞がいいでしょう。「強い」は,starkでもかまいません。でも威圧感のある強さを表現してmächtigがいいかと思います。「恐ろしい」は,Angelikaさんのように,Furcht erregendがいいですね。私はfürchterlichにしましたが,これはどうなんでしょうか?

A:Ja. „fürchterlich” oder „furchtbar“ ist eigentlich eher eine Situation oder ein Zustand, der schlecht oder schmutzig ist, relativ schwach, manchmal bloß in der Bedeutung „sehr“. Wenn Menschen oder Tiere Angst bekommen, dann ist die Situation oder ein Gegenstand oder Mensch/Tier streng genommen „Furcht erregend“. (der kleine nette Hund unserer Nachbarn war furchtbar schmutzig / der große Schäferhund unserer Nachbarn bellt Furcht erregend)

T:fürchterlichやfurchtbarは,モノや状態を指して「ひどい」といった副詞として使うことが多いのですね。Furcht erregendであれば,「怖い思いをさせる」というニュアンスが明確に伝わるわけです。

次の文の「今」は,jetztheutzutageなどがいいでしょう。
「やっつけられ,いじめられ」は,受動で表現できますね。「やっつける」は,Wernerさんのfertig machenがピッタリです。「いじめる」はquälenや,schikanierenなども使われます。
「か弱い存在になった」は,Angelikaさんは,zum hilflosen Schwächling werdenを使っています。

A:ja gerne. Mir fehlt sonst ein Nomen. Im Japanischen wird おおかみも魔女も nochmals wiederholt und sie wurden zu etwas よわい「そんざい」. Da reichen mir zwei Adjektive nicht so ganz. Deshalb habe ich versucht durch hilflos das よわい auszudrücken und die Existenzそんざいmit einem Nomen, Schwächling. “Schwächling“ ist auch im Deutschen ein oft gebrauchtes Wort für den genannten Zustand, während man andere wie “Hilfloser” hier nicht benutzen kann.

T:日本語でも「よわい存在」という名詞が入っていて,この言葉の重さに対応する名詞が欲しくなるのですね。まず,か弱さを,hilflosで表しています。そして,存在という名詞に,ドイツ語のSchwächlingを合わせたわけです。
hilflosは「途方にくれた」「なすすべのない」という意味もあります。また,Schwächlingというと,弱虫,意気地なし,という意味もあって,本来の力を失った脆さが明確に表現されています。

T:いただいた解答から、優れていたドイツ語訳をご紹介します。

<1> 匿名希望の女性の方
Wölfe und Hexen waren stark und furchtbar. Das sind alte Geschichten. Sowohl Wölfe als auch Hexen werden jetzt besiegt oder gequält. Sie sind schwach geworden.

A:Das ist eine sehr gute Lösung, die dazu auch ganz korrekt ist. Der Satz „Das sind alte Geschichten“ ist allerdings von der Nuance her ein bisschen missverständlich. Diesen Satz benutzt man in der Bedeutung von nicht mehr aktuell (out of date) des real Erlebten von sich selbst oder einem anderen.

T:的確なドイツ語訳ですが、ただしDas sind alte Geschichtenというと,自分や人が体験したことについて,「それはずっと前のことだけどね」,とコメントするニュアンスなので,少し意味がずれます。

<2> 千葉市のTOMINAGA Toshiyoshiさん
Schon vergangen ist die Zeit, wo der Wolf und die Hexe mächtig und schrecklich [waren]. Jetzt sind sie so schwach[,] dass sie besiegt und tyrannisiert werden.

A:Das finde ich nicht schlecht, das trifft den Inhalt auch gut. „schon vergangen ist die Zeit“ ist ein Anklang an etwas märchenhaftes, „tyrannisiert“ finde ich gut, „so schwach, dass“ ist vielleicht etwas stärker als das Japanische, aber ich finde es in Ordnung. Nur ein Punkt gefällt mir nicht so gut: der Wolf und die Hexe als Pars pro toto könnte noch gehen, aber dann geht es weiter mit Plural, da muss man wirklich so formulieren, dass mehr als ein Beispiel der Hexe oder des Wolfes tyrannisiert wird.

T:文体面で,schon vergangen ist die Zeitというメルヒェンを思い起こさせる部分とか,すっかり支配下におかれてしまった,という意味でtyrannisiertという言葉の使い方もいいのですね。ただし,単数でder Wolf und die Hexeと最初に言うのは部分で全体を表す表現として結構なのですが,その後を続けるときには,今度は具体例として複数で言う必要があるのだそうです。これは日本人には難しい感覚ですね。

<3> 石川県の(ペンネーム)まゆみさん
Es gehört schon der Vergangenheit an, wo Wölfe und Hexen stark und furchtbar waren. Nun sind Wölfe und Hexen die schwachen Lebewesen, die vertilgt und gequält werden.

T:シンプルでいいですね。Angelikaさんはどう思いますか?

A:Die Übersetzung ist gut verständlich, aber ich möchte kurz auf zwei Sachen eingehen: „wo“ passt hier nicht und der bestimmte Artikel „die“ passt nicht vor „schwache Lebewesen“, da davon noch nicht die Rede war.


<4> 川崎市のYOSHIDA Koichiさん(73歳)
Man fürchtete sich vor den Wölfe[n] und den Hexen. Aber das ist schon eine alte Geschichte. Heute, besiegt und gequält, sind die Wölfe und die Hexen beide zart geworden.

A:Das ist nicht schlecht! „beide „ geht nicht gut, weil es ja viele sind, es ist Plural, „Zart“ ist nicht so der richtige Ausdruck, das würde heißen, sie sind zart im Geschmack (wenn man die Hexen und Wölfe isst..)
„Das ist schon eine alte Geschichte“ oder „das sind alte Geschichten“ hat eine bestimmte Nuance - das erkläre ich aber gleich …

T:二つめの文ではbeideは必要がないです。というのも,beideは両方という意味というより,二人の意味ですので,他の沢山のおおかみと魔女が排除されてしまうわけです。zartは,繊細さを表す表現なので,ここでは意味がずれてしまいます。

<5>春日部市の山崎幸一さん
Es ist schon lange her, dass Wölfe und Hexen stark und fürchterlich waren. Nun sind sie zart geworden, denn sie werden vertrieben oder misshandelt.

A:Es ist fast richtig, aber am Schluss ist der Bezug mit „denn“ falsch. Sie sind zart geworden, weil sie misshandelt werden, ist nicht ganz richtig interpretiert.

T:難しい言葉や構文を使わない訳で,だいたい正しいのですが,文の最後に出てきたdennが間違っています(論理関係が逆です)。「いじめられたので,よわくなった」は少々意味がずれてしまいます。

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T:以上、ここでご紹介した訳は,ドイツ語として相手に言いたいことを伝えるに十分なよい訳としてご紹介しました。多少の間違いでも,細かく指摘しましたが,あくまで皆さんの勉強のためです。どうぞご理解ください。

T:さて,2回を通して皆さんの翻訳でWernerさんが目についた間違いとしては,どんな点があるのでしょうか。

A:zur Wortwahl: manchmal sind unpassende Wörter gewählt worden (die Hexen sind elend oder zart geworden

T:まず,語彙の面での間違いとしては,例えば魔女などがかよわい,というときに,elendやzartにした間違いが目につきました。これは和独辞典を引いた後で,独和辞典を引くことでクリアできます。

A:Es gibt Interferenzfehler, d.h. Einflüsse, die zu einem Fehler führen, aus dem Japanischen und dem Englischen (bekommen statt werden, ein Mensch wird einem Tier, In der Welt der Erzählung, das ist kein Wunder..)

T:次に,英語や日本語に影響された間違いも多く目につきました。英語の例であれば,dassの副文で,動詞が文末に行かずに,主語のすぐ後ろにおかれていたりしていました。日本語の影響としては,例えば,「〜になる」werdenという動詞で,日本語で「〜に」とあるために,3格を使った間違い,などがそうです。それから,動詞の位置も難しいですね。普通の文でも,例えばSie sind jetzt schwach.という文で,jetztを前にすれば,Jetzt sind sie schwach.となるのが正しいのが,なっていなかったりしていました。

A:Grammatik: Singular und Plural werden verwechselt, (Geschichte(n)), die Hexe/ Hexen)
Subjekt falsch verstanden „beim erledigen und quälen“
„es“ zu oft oder an der falschen Stelle benutzt (NS…, kann es in unserem Alltag nicht passieren)
Konjunktiv, wo er nicht möglich oder nötig ist (Es wäre ehemalig geworden)

T:他にも,冠詞のesの使い方や,単数と複数の区別,必要のない箇所で接続法を使ったり,といった間違いも見られました。こうした間違いは,どれもドイツ語に慣れることで,少なくなっていきます。何度も何度もドイツ語の文章を声に出して読むと,ドイツ語のリズムが身につきます。


T:本当に皆さんにたくさんの翻訳を送っていただき,どうもありがとうございました。
講師の私ですが,語順のような,文法の規則を守ればクリアできる点は,たしかに間違えることはあまりありません。でも,似たような表現の微妙なニュアンスや,文化背景の違いから出てくる問題などとなると,今でも勉強しているのです。皆さんもどうぞ気長に勉強なさってください。

矢羽々崇 und Angelika Werner



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