ゴガクルトップ > ゴガクルブログ > 番組からのお知らせ

サイト内検索




2008年6月27日 (金)

ブラジル流の「親切心」 「くらしで使えるポルトガル語」

この講座に出てくるめぐみとクラウヂアの会話には、日本で暮らすブラジル人が実際に体験した実話をもとにした話がところどころに盛り込まれています。今回の第13課のスキットの内容も、武田先生が知り合いのブラジル人から聴かれた実話がもとになっているとのことです。

 この番組の制作過程では、武田先生と番組スタッフがスキットの内容や学習すべき内容などについて、いろいろと話し合って検討を重ねてきましたが、この第13課についてはなかなか面白い意見も交わされました。確かに、典型的な日本人のイメージというと、「感情をあまり外には出さず、控えめ」ということが長年言われてきていますし、いわゆる「ラテン系」などというと何だかとにかく明るくて、喜怒哀楽が激しい、という印象を持ちます。実際日本人だと、クラウヂアのように目の前で女性が転んだのを見た場合、その女性が自分を「カッコ悪いなあ」と思っているところに声をかけたりすると嫌がられるのではないか、と考えて見てみないふりをしてあげる、というケースはよくあることだと思えます。

それがブラジル人だと、周りのみんなが心配して「大丈夫?」と声をかけてあげないと、転んだ人がかわいそうだと考えるわけです。もっとも、これも親切心からきていることは日本人でも理解できない人はまずいないだろうと思いますが、声をかけるかかけないかで、一瞬迷ってしまうことが結構あるのではないでしょうか。「東京ではこういうこともあるかもしれないけれど、関西だったらみんな心配して寄ってくる」という意見もあったりして、なかなか興味深い議論になりました。結局は、日本人であれブラジル人であれ、こうしたリアクションには個人差があるのでしょうが、両者を比べると声をかけてくれる人の比率が高いのは、やはりブラジルのほうかな、という結論に至ったわけです。

 というわけで、武田先生のほかにもブラジル人と仕事などで関わることの多い人に、こうした「国民性の違い」を感じたことがあるかどうかを尋ねてみたところ、やはり「親切心」をめぐるエピソードを教えてくれました。もちろん、全てにおいてそうだということではなく、ビジネスの場などではそんなことはあまり起こりませんが、日常生活の中でときどきあること、として教えてもらった話です。

 ある人が、道がわからなくなって、近くにいたブラジル人に場所を尋ねました。道を訊かれたブラジル人は、見たところ自信ありげに教えてくれたのですが、その通りに行ったところ、目的地には到着できなかったそうです。後日、道をきかれたほうの人に、その場所を本当に知っていたのかどうかを問いただしてみたところ、なんと、実はよく知らなかったということが判明したんだそうです。人によっては「随分いい加減な!」と怒ってしまうところですが、そのブラジル人にしてみたら、「せっかく困った人が道をきいているのに、何も答えてあげないのは『不親切』ではないか」と思ってしたことなのだそうです。これはなんとも難しいですね。
間違った道を教えられたら却って相手は困ってしまいますが、答えてあげた人も「思いやり」からしたこと、ということになると、一概に責めるのもどうかな、と思ってしまいます。

 もう一つ、これは「流儀」と言ってもいいかもしれませんが、ブラジルではパーティーなどのイベントが行われるときに、たとえば午後の9時から始まる、などと言われた場合、招待客はまず午後9時には会場に行かないそうです。それには、主催者が始まる直前まで準備に追われているときに、早い時間から押しかけていくと、主催者を急かしているようで失礼にあたる、という考えがあるから、というのがその理由の一つのようです。では、どれくらい遅れて行けばいいのかということになると、あるパーティーでは午後9時の開始から参加者が揃ったのはなんと午前0時近くだった、というのです。

 ひとえに「親切心」といっても、国民性の違いでこのようにいろいろ解釈ができるわけです。何が正しいかという結論は簡単に出せませんが、一つ「教訓」を得たとするならば日本人がブラジル人を招いてパーティーをしようと思ったら、開始時間をわざと早めに伝えるか、開始時間に遅れずに来てもらうように念を押すかをしておいたほうがよさそう、ということでしょうか。日本のパーティーに「ブラジル感覚」で参加しようとすると、会場に着いた頃には肝心のパーティーが終わっていた、という事態になりかねませんので…。



カテゴリー:ポルトガル語  |  前のエントリー  |  次のエントリー