鳥飼先生 小さい頃から英語を勉強していたかというと、全くそんなことはありませんでした。小・中学校時代は、「意欲がない」「やる気がない」と親や先生からあきれられていました。
そんな私が本気になって勉強を始めたのは高校に入ってから。たまたま、雑誌でアメリカ留学の体験記を読んで、「日本の高校生活と全然違う、楽しそう!」と思い、すぐさま奨学金プログラムに申し込みました。
そのときから、私は目の色を変えて勉強しました。英語劇のクラブに所属し、スピーチコンテストに出て、英会話学校にも通いました。背伸びをして大学生・社会人のためのクラスで粘り強く頑張ったおかげで、周りの方々が親切に教えてくれたり、彼らの英語サークルに誘われてそこにも顔を出したり。色々やりましたね。
今考えると、小・中とやる気のなかった頃は、エネルギーをため込んでいたのだと思います。高校生くらいになると、自分でやりたいと思ったことは、周りから言われなくても行動を起こしますよね。私の場合は英語を学びたいというよりは、アメリカに行きたいという好奇心。その動機づけがあったから、実際の勉強につながっていったのだと思います。
鳥飼先生 ある時、ホームステイ先のお姉さんから「玖美子の考えていることは言ってくれなきゃ私達にはわからない。ちゃんと言葉にしないと駄目よ」と言われました。アメリカには“The squeaky wheel gets the oil.”ということわざがあるのですが、「車輪はキーキーいわなきゃ油はさしてもらえない。あなたもキーキーいいなさい」と。
それは、日本と同じように「自分が嫌だと思うことは当然相手もわかってくれている」と勝手に思い込んだ結果、しばらくしてから「実は嫌だった」と打ち明けることが続いていた私へのアドバイスでした。私がすぐにNoと言わなかったばかりに、ホストファミリーは良かれと思って勧め続けてくれていたのです。例えば、食べたくないものは「食べたくない」と正直に言うこと。もちろん言い方には気をつける必要がありますが、それは失礼ではなく、嫌いなものを我慢して食べ続けていることを後になって相手が知る方が傷つきます。自分の意思をはっきりさせる方が、アメリカではコミュニケーションが後々うまくいくというのがわかりました。
その後、大学の社会言語学の授業で「長い歴史や文化を共有している人々の間では言葉に頼らなくても済むため、言葉を使う量が少ない。しかし、世界中から移民が集まるアメリカのような国では、各々の歴史や文化が異なるため言語情報に頼らざるを得ないので、言葉のやり取りが圧倒的に多くなる」と知りました。留学時代に私が受けたショックの理由が、そこで初めてわかって、「異文化コミュニケーション」という学問に興味を持つきっかけになりました。
鳥飼先生 実はこの前も授業で学生から同じ質問があったんです。その時に私が話したのは、人それぞれ向き不向きがあるので、誰にでも通用する、誰にでも効果のある英語学習法というのはなかなかない、ということです。
一方で、Eテレの『#バズ英語』も含めこの数年さまざまな分野の著名人とお会いして一人一人の英語学習法について質問した結果、英語が上達した人は「目的意識」がはっきりしているということがわかりました。本気で英語をやりたいと思っている人は、皆さん、その人ならではの学び方を見つけています。
例えば、音楽クリエイターのヒャダインさん。映像コンテンツの英語がわからなかったことが悔しくて勉強するようになったとのことでした。どのように勉強したかと聞くと、英会話学校に行く時間はないけれど、好きな時間にできるオンライン授業を「every single day(毎日必ず)」受けていると。
俳優の平岳大さんは「本物のハリウッド俳優になりたい」と英語力を磨いています。日本人英語だと日本人の役は来るけれど、それ以外の役も回ってくるような役者になりたいと。平さんが取り組んでいるのは「音読」と「言い換え」。例えば、監督の中には台本を離れてアドリブでやって欲しいという方もいるそうです。そのときに対応できるよう、台本のセリフを自分だったらどう別の表現に言い換えるか、書いたり話したりしながらスキルを磨いているとおっしゃっていました。
私の場合は、大学時代に始めた同時通訳の勉強でしょうか。留学を経て多少英語に自信を持っていたところ、「あなたの英語は高校生の英語だ」と指摘され、公的な場にふさわしい英語を身につけなければと、発音から話し方、使う語彙までとことん学びました。その勉強が、今の私の英語の基礎を培ったと思っています。
このように「目的意識」がはっきりしていれば、いろいろな学習法があっていい、というのが私の結論です。
鳥飼先生 ちょっとした日常会話であれば、耳から入れるだけである程度上達するでしょう。でも、本当に骨太の英語を使いこなそうと思ったら、まず読めないとダメです。語彙を増やすには「読む」ことが不可欠。今度はそれを書いてみて、英語を組み立てて、初めてその語彙が自分のものになる。そうやって話す力に結びつきます。
「受容=インプット」と「産出=アウトプット」というのは切り離せません。まず受容があって、その中で身につけたいろいろな語彙、フレーズ、慣用句などをもとに産出する。産出だけやってもダメなんですね。やはり相当努力しないと話せるようにはなりません。日本では無理をしないと英語を話す機会をつくれませんからね。
CEFR(外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ言語共通参照枠)では、従来の4技能(読む、聞く、話す、書く)だけでは不十分だとの理由で、社会的な言語使用の現実に対応して「やり取り=インタラクション」の要素を加え、細分化しているんです。
例えば、同じ「スピーキング」でもスピーチやプレゼンテーションのように一方的な「話すこと」と、相手がいる対話の「話すこと」では難易度が全然違います。それから、「ライティング」も、手紙などの文章を「書く」のと、ソーシャルメディア(SNS)で打ったら返す、返したら打つという「書く」では表現方法が違います。複雑なコミュニケーションを扱うには、これまでの4技能だけでは収まりきらないというのは、その通りだと思います。お互いがやりとりを通して「意味の交渉」(negotiation of meaning)をしながら理解を深めていくのが相互行為としてのコミュニケーションで、やりとりを積み上げていくプロセスが大事です。
鳥飼先生 CEFRの意義というのは、A・B・Cと段階別に分けることではありません。一番重要なのは、複言語主義という理念を基盤としていて、英語だけでなくどの言語にも使える共通の尺度であるということ。その中で、「Can Do=何ができるか」を自分で判断できるということ。
例えば「書く」だと、「辞書を引きながらであれば簡単な手紙が書ける」など。「聞く」だったら、「日常的なことをゆっくりと話してもらえればわかる」とか。「話す」だったら、「身の回りのことなら平易な日常的表現を使えば話せる」、あるいは「簡単な表現を使いながら、挨拶に加えてちょっとしたやり取りができる」等々。CEFRの尺度は驚くほどきめ細かく分かれているんです。
それをCan Do statementsと呼ぶのですが、その尺度を使って、「何ができない」ではなく、「何ができるか」を自分で判断する。そうやって全て自己評価できるところが強みです。各技能でデコボコがあってもいいんです。弱いところがわかったら、そこを強化すればいいのですから。
CEFRで自分がどこまでできるようになったかを定期的にチェックすることをお勧めします。CEFRの細分化された各スキルのCan Doリストを使って自己評価できるようになれば良いですね。外国語能力テストはふつう点数での客観評価ですが、Can Doリストの説明文で自己評価に使えるものがあれば、「自分は何ができるのか」を自分で知ることが可能になるでしょう。
鳥飼先生 それは「見極める能力」だと思います。例えば創造力、あるいは想像力、推理力、判断力。これは人間だけが持っている大切な能力です。
AIによる機械翻訳や音声通訳は、人間の手を入れないと微妙なところを間違えたりします。例えば、外交文書では訳語の選び方一つで、時に戦争に発展しかねない微妙な場合があります。商談もそうですね。ギリギリのせめぎ合いで落としどころを探ろうとしていても、AIはそんなことお構いなしです。それで決裂する可能性もある。外交やビジネスの交渉など、重要な場面では人間のプロ通訳者や翻訳者が必須です。
AIには、文化や状況などのコンテクストを理解する能力がないので、相手やその場にふさわしい丁寧さを付け加えることができません。英語に敬語がないというのは間違いで、丁寧な表現というのはあります。コミュニケーションの場で、人間関係がどうか、どちらが上か下か、といったコンテクストが読めない、あるいは読まない。そうしたAIの限界というのは知っておくべきです。それをわかった上で上手に活用できればAIはとても有効だと思います。人間がその辺の判断をできるようにならないと、逆にAIに使われてしまうでしょう。
鳥飼先生 言葉というのは人間に力を与えます。初めてオックスフォード英語辞書を完成させた人が「人間は言葉によって飛翔できる」と語っています。言葉にはそれだけの力がある。母語は考える力を与えてくれる。そして母語でない異なる言語を学ぶことによって世界が広がる。「異文化への窓を持つ」ことができる。そういう意味で、母語も外国語も含めてぜひ言葉を皆さんの力にしてほしいと思います。
NHK Eテレ
『#バズ英語』解説
スペイン語(外国語学部イスパニア語学科)
国際会議で同時通訳者の活躍を見て興味を抱き、2年生で同時通訳訓練、3年生から学業の傍ら国際会議やテレビでの同時通訳の仕事を始め、卒業後もそのまま継続。
ところが、30代で仕事に物足りなさを感じ、研究者をめざして大学職に転身。
転職が当たり前になった今の時代、未知の将来を柔軟に考える姿勢が大切だと思います。