投野先生 日本は世界的に見て英語が決して得意ではない国という現実があります。これは歴史的な背景に由来するところが大きく、明治維新以降、日本は技術力の高さで経済発展を遂げ、国内市場だけである程度経済が成り立つ状況が長く続きました。その意味では一部の外国からの知識を紹介する専門家以外では英語を学ぶ必要性をあまり感じられなかったのです。
しかし、現代社会は状況が大きく変わってきています。高度経済成長で余裕があったかに見えた日本経済もバブル崩壊後低迷し、その間世界はグローバル化が進んで、情報やビジネスが国境を越えて広がる中で、国際的な視野で世界を見ることが生きる視点として不可欠になりました。また、少子化に伴う労働力不足を補うために、今後は海外からの人材が増加することが間違いありません。このような環境では、個人がキャリアを切り開いていくためにも、国際共通語である英語を使えることが以前にもまして重要になってきています。
さらに、英語を学ぶことは、個人の精神面での成長にも深く関わります。例えば、使用する言語ごとにその人の中に別のアイデンティティが育まれると言われています。複数のアイデンティティがあれば、物事を相対的に見る力がつき、異文化を理解する視点が養われます。そして、このプロセスは人間性を豊かにし、より広い視野を持つことにつながります。この点からも、ぜひ多くの方に英語を学んでほしいですね。
投野先生 中学・高校時代は海外経験もなく、ごく普通に日本の英語教育を受けて英語を学びました。大学受験の時期に本格的に英語学習に取り組み始め、通信添削で辞書を活用する中で、辞書ごとの特徴や強みを理解し、より深く英語を学ぶ楽しさを見出しました。その頃から英語教師になるという夢を持つようになり、教育系の大学へ進学しました。
しかし、入学当初は英会話力が全くなかったので、まずは受験で培った英語の知識をアウトプットして使ってみることを心がけました。その後、1年間のアメリカ留学を経験し、英検1級や国連英検特A級を取得しましたが、私にとって最大の転機となったのは、4年生の時に書いた卒業論文でした。
当時は私の研究分野(辞書のユーザー研究)は論文を書くための資料が少なく、取り寄せるのも大変でした。そんな中でも、私はどうしてもイギリスの有名な研究者が編纂した論文集が読みたかった。そこで直接英語で手紙を書いたところ、先生は親切にも絶版になっていた論文集を私のためにわざわざコピーして郵送してくださったのです。それで、お礼に完成した折に私の卒業論文を送ったのですが、それを大層高く評価して下さって、周囲のその分野の研究者にコピーを配って皆で読んだらしいのです。それで私の卒業論文がドイツの学術誌で書評されるという思いもよらない展開になりました。これを機に大学院で研究を続けたいという意欲が芽生え、現在に至るまで研究者としての道を歩めたと言ってもいいくらいな幸運な出来事でした。この道に進めたのは間違いなく、英語のおかげです。英語が研究の世界への扉を開いてくれたのですね。
この経験から、人生の中で新たな仲間たちと出会わせてくれ、自分の考えを世界に届けてくれるものとして、ことば=外国語を学ぶ意義を学生たちにも伝えています。
投野先生 語学学習には共通のポイントが3つあると思います。1つは、「ことばの理屈を理解する」こと。言語には単語を並べる「文法」のルールがあるので、まずその知識が必要です。次に、「単語やフレーズを数多く覚える」ことです。多くの表現を覚える作業は避けては通れません。そして最後に、「覚えたことばを使って練習する」ことです。ルールをわかっているだけでは不十分で、実際に使わなければ語学力は身につきません。日本ではともすると1つ目の「理屈を理解する」ことに時間をかけすぎる傾向があるので、3つのポイントをバランスよく学習することが重要です。
おすすめの勉強法としては、自分の関心や興味に合った素材を選ぶこと。初級レベルでは与えられた教材で学ぶ方がよいかもしれませんが、中級・上級レベルに達したら自ら勉強する力が身についているはずです。このレベルだと自分自身で学びを設計することがとても大事です。そして、こうした学びを進めるために欠かせないのが英語測定テストの活用です。テストにもいろいろな種類があり、単語テストから、資格試験までさまざまです。テストの目的を理解して、日々の学習の道具として戦略的に使いこなすことが重要です。
特にVersant by Pearsonは、自分の英語力の現在地を4技能(「話す」「聞く」「読む」「書く」)のそれぞれで測定することができます。スコアが世界最大規模の教育サービス会社ピアソンが開発したGlobal Scale of English(GSE)で表示されるのも特長です。世界標準のCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)互換で、かつより詳細なレベル表示が可能で、さらにCan Doリスト、つまり英語で具体的に何ができるかがわかるので、学習の成果を感じつつ次のレベルのCan Doリストで学習目標を立てられ、モチベーションも上がります。デジタル認証バッジも発行されるVersant by Pearson English Certificateは、履歴書などに書く資格としても使えますね。このようなテストを効果的に取り入れながら、ぜひ自分で学習を設計していってください。
投野先生AIと共に生きる時代に突入した今、多くの若者が「自分の仕事がAIに取られてしまうのでは」と心配していると聞きます。中には、「AIがあれば英語力は必要ないのではないか」と考える方もいるかもしれません。そうした気持ちは理解できますが、私はむしろ英語ができることが一層重要になると考えています。
AIのアウトプットはインプットによって大きく左右されます。世界中の大多数の情報が英語である状況で、やはり英語でインプットした方が精度の高いアウトプットが出てくる傾向があります。また、AIにすべてを任せるよりも、自分で考えた内容を添えてプロンプトを書いた方が明らかにアウトプットの質が良いです。さらに、現在のAIにはまだ、得意な分野とそうでない分野があります。この点からも、何かひとつの分野でもAIを超える専門性を身につけることが大切です。英語力と専門性を備えれば、正しい判断ができ、AIに‘使われる’のではなく‘使う’ことができるでしょう。
英語を学んだ先には、いま皆さんが想像もしないような道が拓けていく可能性があります。時にはそのような可能性に身をゆだねながら、言葉の力とともに広がる選択肢を信じて、柔軟に将来を見つめていってほしいと願っています。
NHKEテレ
『英会話フィーリングリッシュ』講師
中等教育教員養成課程・英語科
小学生の頃から漠然と「先生」という仕事に憧れを抱く一方で、古本屋街に通って400冊以上も収集した趣味の辞書熱が高じ「自分の編集する英語辞書を出版すること」が夢でした。
辞書ユーザーの検索スキルを実証的に研究してまとめた卒業論文が国際的な評価を得て、研究者の道に進むことになりました。