おぼえた日記

2024年10月25日(金)

※ caption : Ono no Komachi by Peter MacMillan (百人一首カルタ)


10/25(金)


「花の色はうつりにけりないたづらにー」

英語で読む百人一首 ピーター・J・マクミラン

不思議の国の和歌ワンダーランド 第9番

2022年4月15日 京都新聞デジタル所載






花の色は
うつりにけりな
いたづらに
我が身よにふる
ながめせしまに




(百人一首カルタでの英訳)

I have loved in vain
and now my beauty fades
like these cherry blossoms
paling in the long rains of spring
that I gaze upon alone

Ono no Komachi



[現代語訳]

美しい桜の色は、もうむなしく色あせてしまったことよ、春の長雨が降っていた間に。自分の花のように美しかった容色も、むなしく衰えてしまったことだ、男女の間のことで物思いにふけっていた間に。


* 歌は新編国歌大観の「百人一首」を原本とし、表記は適宜、かなを漢字に改めています。



💠 新訳

I have loved in vain
and the now blossom of my youth fades
like these cherry blossoms
paling in the long rains of spring
that I gaze upon alone.





🌧️⚡️🌧️⚡️ 英訳至難の掛詞、テーマは普遍的 🌸🌸

『百人一首』の中で最も洗練された歌の一つだと思う。まず、ずっと雨が降り続けて美しかった花の色があせてしまうという意味と、かつては美しかった女性が年老いて物思いをしているという二つの意味が込められていると解釈できる。「よ」は「世の中」と「男女の仲」という二つの意味がある。また「ふる」は「降る」と「経る」の掛詞(かけことば)で、「ながめ」も「長雨」と物思いにふける意の「ながめ」の掛詞である。掛詞により全く異なる意味が重ねられ、重層的な歌になっている。

このようにさまざまな技巧が凝らされた歌だからこそ、英訳は至難の業であった。掛詞は同音異義語が多い日本語だからこそ成り立つのであって、英語で再現するのは難しい。そこで新訳では、「うつりにけりな」を「blossom of my youth fades(私の若さの花がうつろう)」と花と我が身が重ね合わされていることを示してみた。掛詞の代わりに別の修辞法を用いることで、元の歌の重曹性を保とうとしたのである。

また第3句の「いたづらに」は直前の「うつりにけりな」にかかっているとも、直後の「我が身よにふる」にかかっているとも取れるため、古今さまざまに解釈されてきた。そこで英訳でも、「いたづらに」にあたる「in vain(無駄に)」が「I」にも「cherry blossoms(花)」にもかかるように訳してみた。両方の解釈を取れる余地をあえて残したのである。

作者である小野小町は、平安時代屈指の女性歌人であった。伝説ではそれに加えて、絶世の美貌を武器に数多(あまた)の男性と浮き名を流した、恋多き女性だったとも伝えられている。そこから派生して、年をとり落ちぶれてしまった小町に関する伝説なども残されており、小町伝説を題材にした謡曲も複数ある。

美しかった小町がこの「花の色は〜」の歌を詠(よ)んだことを思うと,何とも切ない気持ちになるが、実は、アイルランドにも小町伝説を思わせる物語があった。その物語の主人公は、アイルランド神話の女神で、海の神の妻、もしくは娘として伝えられている。若かりし頃の彼女はとても美しく、王様と一緒に、ミード(蜂蜜酒)とワインをのん楽しみ、自らの美しさと恋愛遍歴を誇っていた。しかし、彼女は7度の青年期を迎えると年老いてしまう運命にあった。老いた彼女は、暗闇の中で寂しく祈りを捧(ささ)げるだけの、皺(しわ)だらけの醜い老婆に成り果ててしまったのである。彼女は「The hag of Beara」(邦題「ベーレの老婆」)という10世紀のアイルランドの古詩にも登場する。恋愛の数々を官能的・直接的に描くこの詩は強烈であり、また美しく斬新である。「花の色は〜」の歌とは、異なった部分を持ちつつ、重なる部分もある。さらに驚くべきは、この二つがほぼ同時代の作品であるということ。表現方法は大きく違い、文化の差を感じさせる一方で、衰えていく美というのがいかに普遍的なテーマであるかを実感させられる。




詠み人 小野小町

おののこまち 生没年未詳。平安時代前期9世紀ごろに活躍したとみられる。六歌仙の一人。クレオパトラ、楊貴妃とともに世界3大美人の一人に数えられることもある。



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