同時通訳よもやま話

2011年5月15日 (日)

国際会議では、自己紹介や司会者によるメンバー紹介の場面がつきものです。またQ&Aセッションで聴衆が所属や氏名を名乗って質問するようなこともよくあります。

このように人名が出て来たとき、基本的にその名前の漢字を日本語読みか中国語読みして通訳しますが、それにまつわる苦労話は枚挙にいとまがありません。

事前にどの漢字の名前か分かれば何ら問題無いのですが、耳だけが頼りで、どの漢字か特定できない、漢字が思い浮かばないといったとき、訳せない、あるいは間違えて訳してしまう恐れが出てきます。

一例として「ウエダさん」。
「上田(Shangtian)」か「植田(zhitian)」、字が違えば中国語の発音は異なります。一体どっちの字の「ウエダさん」か知らなければ、それを中国語でどう発音したものか判断がつきません。
「ワタナベさん」や「アベさん」も、どの漢字を使うか幾つかバリエーションのある名字です。予め字がわからなければ、間違った中国語読みになってしまうかもしれません。

日本人の名前を中国語で言われて窮することもあります。
例えば「"Shanben(シャンペン)"さんに宜しく...」と中国語で言われても、「山本さん」か「杉本さん」か、どちらの可能性もあり、誰のことを指しているのか知らなければ訳せません。

日本語で「チョウさん」と言われたときも、趙(Zhao)さんなのか張(Zhang)さんなのか迷います。
「コウさん」に至っては、予めどちらの「コウさん」のことか知らなければ、黄(Huang)/江(Jiang)/洪(Hong)/候(Hou)/孔(Kong)/康(Kang)/高(Gao)のどの字?ということに。適当に訳すこともできないし、誰のことか伝えられず、話が噛み合わなくなるかもしれません。

事前に名簿を頂ければ助かりますが、その名簿が漢字ではなく、アルファベットだけで作成されていると、これもまた難儀します。
"Li"という姓が「李」、「厲」、「黎」、「栗」のどの字か特定できず、声調がわかりません。これを日本語読みすべきときに「リさん」か「レイさん」か「リツさん」かも迷います。

固有名詞の漢字が特定できないために訳せない――。
逐次通訳であれば、その場で聞いたり書いてもらったりできるかもしれませんが、同時通訳では、ほぼお手上げ。"无能为力,束手无策"です。

事前に名簿の提供をお願いしたり、出てきそうな名前を聞き出したり、調べておくしかありません。

不知芳名――ああ、君の名は。

2011年5月 1日 (日)

とある会議でのハプニング。
日・中・韓の三カ国語の会議で、リレーを介さない形態がとられていました。

会議はおしなべて順調に進行...と思いきや、ある国際機関の代表が急遽英語で発言することになったらしいのです。

幸い待機中の日英通訳者がおられたので、その方が英語から日本語に同時通訳してくれることになりました。しかし、それ以外の通訳手順については確認する間もなく、英語スピーチは始まりました。

ブース内にいた私たちは、この予定変更を知らずにいました。
突如として耳に入ってきた日本語訳。一瞬戸惑っていると、会議主催者から「今すぐこれを中国語にリレー通訳せよ!」という主旨の指示が飛び込んできました。ともあれ私は指示に従い、日本語から中国語にリレー通訳していきました。

――"天有不测风云"。

どんな会議にも多少のハプニングはつきものです。
いざという時、できる範囲で柔軟に対応するのも我々の仕事と心得ておりますが、この会議、後から思わぬことを知りました。

会議が終わってから隣のブースにいた中韓通訳者が言うのです。
「例の英語スピーチ、急にリレー通訳しろと言われたものだから、慌てて貴女の中国語訳をもとに韓国語に訳したのよ!」と。

どうやら英日通訳者用のブースの用意が無く、慌てた主催者がとっさに韓日通訳者のブースを英日通訳者に明け渡すよう指示してしまったらしいのです。

そのため、英語から中国語へは日本語を介した普通のリレーで済んだのに対し、英語から韓国語へは、実に「英→日→中→韓」と、途中に日本語および中国語を仲介したややこしい形で訳さざるを得なかったというのです。

本当ならば中韓通訳者のブースを英日通訳者に譲り、日本語をキー言語にすれば一番簡単なはずですが、きっとみんな慌てていたのですね。

リレー通訳はいわば「伝言ゲーム」。いくらプロの通訳者が訳すとはいえ、一度通訳を介して伝えられた情報を繰り返し他の言語に転換するとなると、微妙なニュアンスや情報量を全く損なわずに伝達できるとは限りません。

"结局完美,皆大欢喜"――全ては結果オーライですが、数段階のリレー通訳を「中継」した経験は、恐らく二度と無いであろう、極めて稀有な出来事なのでありました。

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プロフィール

大森 喜久恵(おおもり きくえ)

中国語・同時通訳者 NHK・BS1「ワールドニュースアワー・アジア」など担当。
サイマル・アカデミー 中国語通訳者養成コース講師
中国・東北師範大卒。高校から6年半中国に滞在。
帰国後、1989年に初めての同時通訳を担当する。
現在政治経済を中心に会議通訳、放送通訳に従事。一児の母。

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