おぼえた日記

2024年10月7日(月)

※ caption : Emperor Tenji by Peter MacMillan


10/7(月)

英語で読む百人一首 ピーター・J・マクミラン

2022年2月10日 京都新聞デジタル所載



「秋の田のかりほのいほのとまをあらみー」英語で読む百人一首

不思議の国の和歌ワンダーランド 第1番



秋の田の
かりほのいほの
とまをあらみ
わが衣手は
露にぬれつつ


(百人一首カルタでの英訳)

In this makeshift hut
in the Autumn field
gaps in the thatch
let dewdrops in,
moistening my sleeves

Emperor Tenji


[現代語訳]

秋の田のほとりの仮の小屋の屋根は、ほんの間に合わせに荒く葺(ふ)いた粗末なものだから、その小屋で番をしている私の袖は、夜露にずっと濡れ続けることだ。



* 歌は新編国歌大観の「百人一首」を原本とし、表記は適宜、かなを漢字に改めています。


☆{新訳}

In this makeshift hut
in the autumn field
gaps in the thatch let dewdrops in,
but it is not dew alone
that moistens my sleeves...




露と涙、巻頭歌にふさわしい英訳


この歌は『百人一首』の巻頭歌として古来愛されてきた。ただ、現代語訳でも示したような、この歌に描かれた情景を直訳すると、英語の詩としては面白みがなく、もとの和歌の魅力を伝えられない散文的な訳になってしまう。仮にも日本文化を海外に発信しようとしている翻訳者の身としては、この和歌や『百人一首』の魅力を損なうような訳は作れないから、少し工夫をする必要がある。そこで、この歌から涙を連想したいと考えた。

「わが衣手は露にぬれつつ」から涙を連想できるかーー。平安時代以降の和歌ならば、「袖」と「露」で涙を暗示することが多い。私も、最初に訳した2008年には、涙の意を取っていた。だが実は、江戸時代に賀茂真淵(かものまぶち)が指摘したように、この歌は『万葉集』に収められた作者未詳の歌とよく似ている。一般に『万葉集』の歌では、平安時代の和歌と異なり涙の暗示は取りづらい。そこで2017年に訳し直し、カルタを作った際には、単に「露によって袖が濡(ぬ)れている」とした。そして今、この連載にあたって再考し、「露」から涙を連想する当初の英訳に戻した。

というのは『万葉集』では作者未詳だったこの歌は『後撰和歌集』では天智天皇の作とされている。その『後撰和歌集』に基づき、『百人一首』はこの歌を選んだらしい。この歌が『百人一首』の巻頭に置かれたのも、平安時代以降の天皇が天智天皇に子孫であることが意識されていたからなのだろう。また中世に作られた『百人一首』の注釈書も、天皇が農民の労苦を思いやって詠んだという説や、天皇が涙していたという説を見せている。今回は『百人一首』の歌としての解釈に沿って、天皇が民の労苦を思って涙している歌と解釈してみたい。この方が巻頭歌にふさわしい美しい英訳になると思う。とはいえ涙と断定するのではなく、「袖を濡らすのは露だけではなくて・・・」と、涙を暗示する訳にしている。

歌を英訳する際、その背景を勉強しなければ適切な訳を作ることはできない。ただ、今回の歌のように、歌が最初に詠まれた時点での解釈と、その後別の文献に収められた際の解釈、さらに『百人一首』の解釈や、それらに対する注釈の解釈が、それぞれの時代ごとに存在する場合がる。また、その歌の良さを伝えられる英訳を作るためには、『百人一首』の通説に従いたくても、そうはできないこともある。異文化の中ではどう受け止められるかという観点も必要になるからだ。そんな解釈の多様性も感じていただきたく、日本語の現代語訳では、涙の意を取らない古代和歌としての解釈を示してみた。

私は常々、翻訳とは完璧な訳を作ることではなく、それを目指す過程だと考えている。ある程度で薬を手放し、また振り返って手を加える。これを繰り返していくことが翻訳なのだ。この連載は私にとって3度目の『百人一首』の訳となる。連載を通じて読者の皆さんとともに、訳し方を改めて考えていきたい。







詠み人 天智天皇

てんじてんのう 626〜672年。第38代天皇。中大兄皇子の名でも知られる。中臣鎌足と共に大化の改新を行った。

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