学問・学識者というものに侮蔑の念しか抱いていない馬鹿者に、正しい (という言葉をあえて使わせていただく) 歴史認識を期待する方が無理というもの。
とはいえ、あれにも取り柄がないわけではないだろう。味方には情厚く、功に報いるに手厚く、失敗や欠点に対して寛大な劉邦のような人間なのかもしれない (関心が私の嗜好に偏ってはいるけれど)。
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「ゴリオ爺さん (バルザック)」から。
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La duchesse tourna sur Eugène un de ces regards impertinents qui enveloppent un homme des pieds a là tête, l’aplatissent, et le mettent a l’état de zéro.
-- Madame, j’ai, sans le savoir, plongé un poignard dans le ceœur de madame de Restaud. Sans le savoir, voilà ma faute, dit l’etudiant que son génie avait assez bien servi et qui avait découvert les mordantes épigrammes cachées sous les phrases affectueuses de ces deux femmes. Vous continuez à voir, et vous craignez peut-être les gens qui sont dans le secret du mal qu’ils vous font, tandis que celui qui blesse en ignorant la profondeur de sa blessure est regardé comme un sot, un maladroit qui ne sait profiter de rien, et chacun le méprise.
Madame de Beauséant jeta sur l’étudiant un de ces regards fondants où les grandes âmes savent mettre tout à la fois de la reconnaissance et de la dignité. Ce regard fut comme un baume qui calma la plaie que venait de faire au cœur de l’étudiant le coup d’oeil d’huissier-priseur par lequel la duchesse l’avait évalué.
Langeais 侯爵夫人は Rastignac に un de ces regards impertinents (あからさまな軽蔑をこめた眼差し) を投げた。この眼差しは男を頭の天辺から爪先までを覆いつくし、男をぺしゃんこにし、無の状態にまで落とす眼差しだった。
「Madame、私はそれと知らぬうちに madame de Restaud の心臓に短刀を突き刺すような愚行をしでかしました。『それと知らず』というのが ma faute (本来のしくじり) だったのです」、と R. は語った。彼の天分は、二人の女性の間にかわされた上辺は丁重な言葉の背後に隠された les mordantes épigrammes (辛辣な皮肉) にきづかせてくれていた。「あなた方はそれが何故あなた方を傷つけるかを知っていてあなた方に害をなす人々と交際を続け、場合によっては恐れさえするでしょう。他方、それが傷を与えることになることさえ知らずひとを傷つけるものは愚か者とみなされ、それを利用する術さえしらぬ不手際は軽蔑を招くだけなのです。」
Madame de Beauséant は R. に un de ces regards fondants (すべての心のしこりを溶かしてしまう眼差し) を投げた。そこに同時に感謝と威厳をこめることができるのは偉大な魂の持ち主だけである。この眼差しは baume (香油) のような作用を及ぼし、le coup d’oeil d’huissier-priseur (執達吏か競売吏が投げるような一瞥) で侯爵夫人が R. を値踏みしたさいに負わせた心の plaie (傷) を鎮めた。
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訳していて、Jenny du Pre のことを思い出した。「女王ありき」を読み直してみようかな。
元ネタは ここ: https://literaturesave2.files.wordpress.com/2009/12/william-faulkner-there-was-a-queen.pdf にある。10 ページの短編だが、フォークナーの英語に歯がたつかどうか。
最近、文学作品を読まずに観ようとしていて、なんでこれが名作なのやら~と思うこと多々だったのですが、安心しました。そもそも30年も記憶に残るような作品はないのですね。
「ランジェ侯爵夫人」も、ボセアン子爵夫人の後日譚「棄てられた女」も (30 数年前) 読んでいるのですが、何も覚えていません。
上の文を読んで、私は DVD「ランジェ公爵夫人」を思い出しました。J・リヴェットという映像美がすばらしい監督の作品なのですが、ilya さんの訳文の方が繊細で色っぽいかも、と思いました!