1989年の春、横浜で行われた国際会議で初めて同時通訳を体験しました。通訳学校を出たばかりで、右も左もわからぬ新人の私は未熟そのものでしたが、憧れの恩師と経験豊富な先輩の末席を汚させていただきました。
その会議は、英・中・韓・日のリレー方式でした。英日同時通訳者の草分けのおひとりである村松増美先生が英語から日本語に同時通訳された「来賓挨拶」をリレーして中国語に訳したのが私の第一声でした。最初のひとことが"尊敬的皇太子殿下"だったことだけは覚えていますが、緊張のあまり、その後にどのような内容を訳したのか、さっぱり覚えていません。
その日の出来は「華々しきデビュー」というには程遠かったと思います。恩師や先輩のように流暢に訳せない自分が情けなくて、お昼に用意された折詰弁当が喉を通らず、会議が終了して帰宅するときには、「(通訳パフォーマンスが)上手くても、下手でも、会議が終われば、通訳業務もこうして終わってしまうのか」と切なくなりました。
そんなスタートでしたが、その後も偉大な恩師や先輩通訳者のもとで教わり、助けられながら同時通訳の仕事を続けてくることができ、言い尽くせぬほど恵まれていたと思います。
今では同世代や若手の通訳者と組ませていただくことが増えました。楽しく、気持ちよく仕事のできることが何よりですが、私は志の高い通訳者との少し緊張した関係が好きです。お互いに切磋琢磨し合えることは至上の喜び。優秀な同僚通訳者からは、何にも勝る刺激とモチベーションを与えてもらえるのです。