ハングル学習の進捗状況が思うように進まないとwataruさんが悩んでいます。
wataruさん | 2011年6月7日のおぼえた日記
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それなのに中国語まで手を出して大丈夫かとも思っています。
もっとも中国語が進んでいるかといえばまったく進んでないわけで、中国語をやってるからといってハングルが進まないいいわけにはできませんよ!
でもハングルが忙しいから中国語まで手が回らないという言い訳は完璧に成立するのです!
続ける気持ち=ゴガクル日記という位置づけもアリじゃないでしょうか。
やればやっただけ何かプラスになると思います。
私の嫌いな(^^;)勝間和代が「毎日2%やったら1年でどれだけ成長すると思いますか」ってNHKの番組で話してて、たまには共感できることも言うなぁと思いました(笑)。
たぶんハングルは沖縄の方言を覚えるのと変わらないくらいに近い。英語と韓国語をゼロからはじめて1年後にテストしたらハングルのほうが3割以上高い点がとれると思いますね。
文法だけ見ると中国語は完全に外国語ですね。作文をしようとするとパズルがはまらないようなもどかしさを感じます。ハングルと日本語をやっていると思考回路が完全にそっち系になっていくので、英語や中国語の回路に戻すのが面倒になりそう...。それが気持ちのリフレッシュになるくらい身につくと面白そうですけれど。
辛い思いをさせてすみません。それ6月3日の日記ですね。最初の半年というのは千野栄一先生の受け売りで「とにかくがむしゃらにやれ」ってことでした。そこで怠けると語学は立ち直れない、再入門が非常に難しいというお話なので、私はその言葉を信じてハングル学習初期はやってきたのです。
日記といっても作文をやる人もいれば息抜きの人もいれば、いろいろなので使い方じゃないでしょうかね。学習初期では正しい判断もできないため、玉石混交のコミュニケーションで何か得ようとするのはリスキーでもあるし、それはそれとして学習は別でちゃんとやってるなら問題ないでしょうし。キーボードの打ち方みたいな話は人に聞いた方が早かったりしますから。結局は自分自身の取り組み方ですもんね。
早上好、不要生気、加油、すべてがわからない(笑)
とりあえず1年程度ハングルをやったレベルで多言語習得に向かうのはリスキーだなと思い始めた今日この頃です。だから中国語は語学としてよりもハングル習得のために同じアジア圏かつ漢字の故郷という文化的な側面をメインに取り組もうかなと思い始めてます。すべての道をハングルにつなげることが重要だと。