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今朝トイレで韓国語学習雑誌のライティング講座のところを読んでいたら、添削内容のひとつにこういうのが出ていた。
「動詞と形容詞では形が異なる語尾に注意」
原型 → (으)ㄴ/는데 → 否定形
먹다 → 먹는데 → 먹지 않는데:食べないが
작다 → 작은데 → 작지 않은데:小さくないが
私のレベルだと、(으)ㄴ/는데 が動詞と形容詞とで異なるとこまでしか知らなかった。初級の教科書に書かれていたのは、
動詞/있다・었다 → -는데
形容詞/이다 → -(으)ㄴ데/(이)ㄴ데
だった。このほかにも動詞と形容詞とで接続の形が異なるものはいくつか習ってる。でも、その品詞が否定形になったときにどうなるかというところはまだ習っていなかった。
今回のケースでは、動詞と形容詞の否定形「-지 않다」につく「-(으)ㄴ/는데」という一回ひねりバージョン(笑)だった。
結論としては否定形の場合も接続する品詞を受け継ぐということで、上記のような形になるわけだけど、日記なんかで書いていると「-지 않다」の「않」に気をとられてパニックに陥り、なんだか 있다・었다 に似てるし -는데 でいいかなくらいのゆるーい感じで書いてた。
ところが「-지 않은데/않는데」に明確な違いがあることをトイレで読んでた雑誌などでたまたま見つけて目からウロコが落ちると、同時にひとり赤面してしまうのであった。
昔の日記を全部書き換えるわけにもいかないし、今後に活かすしかない。そのための赤面日記なのだ(笑)。
きっとこういう間違いはたくさんしてる。知ってる連中はまた笑っているんだろうが、というときは、아는 사람들은 다시 웃고 있을 것 같는데,とこれも「-(으)ㄹ 것 같다」につく品詞を受けつぐんだろうかとか次々と疑問がわいてくる。「小さいだろうが」なら「작을 것 같은데」となるのかとか。
こういうときリアルな授業を受けていないともどかしい。翻訳サイト先生は「작을 것 같은데」も「작을 것 같는데」も同じように「小さいと思うが」とやさしく訳してくれるが、やさしさは時に罪つくりだ(笑)。
しかしそのもどかしさを愛でるのが通信講座の達人への道かもしれない(違うかもしれない)。
さて、本題にはいろう(前振り長っ!)。
結局それなりに正しい日記を書くには、一通り学習してからでなければ難しい。それなりの正しさとはニュアンスの機微や言い回しの自然さは置いといて、とりあえず文法の正しさを押さえてあるという意味で。
そのためには網羅的な学習を終える必要があるけれども、そのレベルに達する前に幸か不幸かトイレで見つけたポイントをそのまま水に流すのはもったいない!
いまは新鮮な記憶とともに日記にも延々と書いているから大丈夫そうだけど、未来の自分なんてこれっぽっちも信用していない(笑)。「博士の愛した数式」のごとく、記憶なんてすぐに忘れてしまう儚いものだ。
ではどうするか。日記に延々と書いたのは忘れないための涙ぐましい努力の一環かもしれないが、何月何日の日記に書いたかを覚えていられるわけがない。ゴガクルに日記検索機能が実装されるという話しも未だ聞かない。
ではどうするか。やはり教科書に戻るしかないのだろう。教科書はスタートレックでいえば母艦エンタープライズだ。宇宙戦艦ヤマトで言えば母なる故郷地球だ。
そこに成果を持ち帰るのが我々の使命なのだ。そこには、
動詞/있다・었다 → -는데
形容詞/이다 → -(으)ㄴ데/(이)ㄴ데
という説明がある。その横にペンで、
否定形も品詞を受け継ぐ
먹다 → 먹는데 → 먹지 않는데:食べないが
작다 → 작은데 → 작지 않은데:小さくないが
と3行書いておくだけでいい。常に母艦に戻り、準備をしてからまた惑星探索に乗り出すのだ。これを繰り返すと自分だけの教科書が出来る。
たぶん多くの先達も似たようなことをやってきてるだろうし、これだけの文字数を使ってそんなことかよ!とまた笑っていることだろう。だが、わかって欲しい。これだけの文字数を使うのは、多くの人に読んで欲しくない、自分で見つけたこの秘法をどうぞ読まずにスルーしてくださいという気持ちの現われだ(笑)。細かいことを大仰に書く。これがひとり遊びの無上の喜びなのである。暇だし。
ついでにこの雑誌、ライティング添削は応募者全員に簡易添削してくれるらしい。