おぼえた日記

2024年10月21日(月)

※ caption : Abe no Nakamaro by Peter MacMillan



10/18(金)

英語で読む百人一首 ピーター・J・マクミラン

2022年4月1日 京都新聞デジタル所載



「天の原ふりさけ見れば春日なるー」英語で読む百人一首

不思議の国の和歌ワンダーランド 第7番



天の原
ふりさけ見れば
春日なる
三笠の山に
いでし月かも




(百人一首カルタでの英訳)

I gaze up at the sky and wonder:
is that the same moon
that shone over Mount Mikasa
at Kasuga
all those years ago?

Abe no Nakamaro




[現代語訳]

大空を遠く仰ぎ見ると、そこにある月は故郷の春日にある三笠の山に出たのと、同じ月なのだなあ。





* 歌は新編国歌大観の「百人一首」を原本とし、表記は適宜、かなを漢字に改めています。



💠 英語詩の世界から

(1)

Is that the same moon
that I see
in the vast sky tonight
that was rising
over the hill of Kildare
all those years ago?


(2)

Are you well?
At night I say a prayer for you.
Though so far away,
we are bathed in the light
of the same autumn moon.






🌙⛰️⛰️⛰️⛩️ 時間も距離も超える、かなたの「月」

作者の阿倍仲麿は留学生として唐に渡り、唐の玄宗(げんそう)皇帝に仕えた人物である。この歌を収める『古今集』の詞書(ことばがき)には、仲麿が長年唐で勤めたのち、帰国の際に明州(めいしゅう)で催された餞別(せんべつ)の宴で月を見てこの歌を詠んだことが記されている。しかしその後、彼が乗った船は難破して帰国することは叶わず、唐に戻ってその生涯を終えたという。この歌に詠まれた春日は現在の奈良市東部一帯、三笠山は春日大社の後方にある円錐(えんすい)形の山で、奈良のシンボルのような地名の一つだった。

阿倍仲麿は和歌も漢詩も作ったが、日本生まれの文芸である和歌と中国生まれの文芸である漢詩とでは月に対する感覚に違いがあったようだ。和漢比較文学の研究者である大谷雅夫氏がこんな指摘をしている。和歌は月を見て「今も昔も同じ月」と昔のことを思い出す傾向があるのに対し、漢詩は「いま出ている月を、遠方の友人も見ているだろう」と遠く離れた友人のことを思う、という(『歌と詩のあいだ 和漢比較文学論攷』岩波書店)。だからこの歌を、日本の注釈は「かつて日本にいた時に見た月と同じなのだな」と解釈するが、中国の注釈は、「いま日本でも同じ月が出ているだろう」と訳すのだそうだ。

西洋人の感覚は、どちらかというと中国の感覚に近い。世界的に見ても、日本の月に対する感覚は少数派であるように思う。現代の日本人でも、月を見て自分お過去を思い出すよリは、遠く離れたところで、いま同じ月を見ている人のことを思う方が多いのではないだろうか。そう思って友人に聞いてみたら、安室奈美恵の「TSUSKI」やフジファブリックの「同じ月」という曲を教えてもらった。

以前、『英語で読む百人一首』(文藝春秋)という本にも書いたが、仲麿の歌をもとに、二つの詩を詠んでみたことがある(『英語詩の世界から』として紹介する)。日本語に訳すと、(1)は「天の原ふりさけ見ればキルデアなる我がふるさとにいでし月かも」。これは「春日」を「キルデア」(アイルランド東部の地名)に、「三笠の山」を「我がふるさと」にもじっただけの歌だ。(2) は「いかがお過ごしでしょうか?夜になると、あなたのために祈ります。身は遠く離れても、二人に注ぐ光は同じ秋の月」。遠く離れた故郷アイルランドの母を思って詠んだ歌だ。

つまり私は知らず知らずのうちに、月を見て過去を思う日本の古典的な歌と、中国あるいは西洋的な、月を見て遠く離れた人を思う歌を詠んでいたのだ。この両方を選ばせてくれるところに、月というモノの普遍性を感じる。考えてみれば「同じ月の下」とは言っても、「同じ太陽の下」とは言わない。どこの国の人にも、月に自分の心を託したい、という気持ちがあるのだろう。











詠み人 阿倍仲麿

あべのなかまろ 698年〜770年。遣唐留学生として入唐し、半世紀以上を唐で過ごした。百首の中で、唯一、外国で詠まれた歌とされる。

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