※ caption : 「文春文庫」表紙 : 英語で読む百人一首 ピーター・J・マクミラン[英訳・画]
One Hundred Poets.
One Poem Each
Peter MacMillan
10/4(金)
英語で読む百人一首 ピーター・J・マクミラン
2022年2月10日 京都新聞デジタル所載
「難波津に咲くやこの花冬ごもりー」英語で読む百人一首
不思議の国の和歌ワンダーランド 特別編(後編)
難波津に
咲くやこの花
冬ごもり
今を春べと
咲くやこの花
At Naniwa Bay
Blossoms bloom!
Blossoms, you have slept
All through the winter-
Now bloom in spring.
(現代語訳)
難波津に咲くよ、この花は。冬の間は隠れていたが、今はもう春だと、咲くよ、この花は。
千年の昔から千年先へ伝える歌
『古今和歌集』の仮名序(かなじょ)に載る「難波津」の歌は、百人一首競技かるたの世界では「序歌(じょか)」と称され、試合開始の合図として一番初めに読み上げられる。本連載でもそれに倣って、この歌から始めることにした。
これは私が最も好きな歌の一つである。仮名序で「歌の父母(ちちはは)」とされるのも、この歌のシンプルで愚直な世界観を見ていると納得がいく。花は毎年新しく咲くものであるから、花が「冬ごもり」していたということは現実ではありえない。しかし「冬籠」をしていたという新鮮な比喩によって、この歌は魅力あふれるものとなっている。加えて、何よりもこの歌の素晴らしさは音のリズムにあると思う。「さくやこのはな」の繰り返しは、子守歌のような心地よさをもたらしてくれる。英語の「blossoms」と「bloom」は音が近いため、それらを繰り返すことによって、この歌の聴き心地のよさを英訳でも再現することができたと思う。
ところで、日本の古典文学の世界は大陰太陽暦(旧暦)に基づいている。そして1年は「二十四節気(にじゅうしせっき)」や「七十二候(しちじゅうにこう)」によって、季節が分けられる。いずれも中国の古典などに由来し、例えば、「東風解凍(東風凍(とうふうこお)れるを解(と)く)」(東から吹く春風が、冬の氷を解かす)は、中国の『礼記(らいき)』という古い書物を出典とする。この言葉は日本人に早くから知られていたようで、たとえば『古今和歌集』にもこの漢詩句を下敷きとする歌が見える。
日本の古典を理解する上で、旧暦の季節感を無視することはできない。連載では1番歌から順に取り上げていくため、どうしても現実の季節と歌の世界の季節にズレが生じてしまう。そこで、折に触れて二十四節気を取り上げるので、旧暦に基づいた季節感に思いをはせてもらいたい。
「難波津」の歌は期せずして「立春」(春の始まる日)に近い、今の季節にぴったりの歌である。今年の立春は2月4日であった。
この素晴らしい歌を中心に、日本で千年の昔から現代まで大切に伝承されてきた歌の文化。「百人一首」の英訳を通じて次の千年、世界に向かってどのように発信すればよいか。本連載を通して考えてみたい。