■ラジオ英会話 179 時表現の決定と位置
I didn't realize you appreciate foreign food culture.
(先生が外国の食文化を評価しているとは知りませんでした)
*realizeのイメージは具体的に形になること。
I eat a variety of foods.
(僕だって色々な種類のものを食べるよ)
*foodは普段は不加算名詞。ただこの文では種類が意識されているため-sがついています。
Mind if I join you? -Not at all.
(ご一緒してもよいですか?-ああもちろん)
*mindは気にするといういみなので、受ける側はOKであれば「否定」で答える。
〇I eat here every week.
(私は毎週ここで食べます)
英語は動詞の形態で時表現を表すことを考慮すると、時表現の決定は動詞句の前に行われている。
Oh, no! I've deleted the file.
(ああそんな!私はそのファイルを削除してしまいました)
→Oh,no.の後で気づいた。
I've never eaten hippari udon.
(私はひっぱりうどんを食べたことがありません)
→文のはじめに食べたことがないという意識をつくる。
How have you been?
(元気にしていましたか?)
→久しぶりの相手に会い、これまでの時間の長さを意識して。
My phone battery has died so I can't use it at all.
(私の電話のバッテリーが切れてしまい私は全くそれを使えません)
→もう動かないんだという意識で。
①富山湾(Toyama Bay)でホタルイカ(firefly squid)を見たことがありますか?素晴らしい眺めですよ。
②私は約6か月間ナタリーを知っています。彼女は私のオフィスの隣で働いています。
③私のパソコンがクラッシュしてしまいました。ですから電話でミーティングに参加します。それでよろしいでしょうか?
1 Have you ever seen the firefly squid at Toyama Bay? It's an incredible sight.
2 I've known Natalie for about six months. She works in the office next to mine.
3 My computer has crashed. So, I will join the meeting by my phone. Would that be OK?
■美術に見るイタリアの女性像 Le donna italiane nell'arte ㉔-2
Due“ primedonne” Faustina Bordoni e Francesca Cuzzoni
二人のプリマ・ドンナ
~ファウスティーナ・ボルドーニとフランチェスカ・クッツォーニ
①ボルドーニは美貌の技巧派で、クッツォーニは抒情的な演技派と、タイプが異なる両者はライバル関係に置かれていました。
Le due divennero rivali ma erano di tipo diverso: la Bordoni era una cantante bella e di alta tecnica, mentre la Cuzzoni era una brava attrice piena di lirica.
②それぞれの熱狂的なファン同士が衝突して流血騒ぎがおこるなど、その人気は絶大でした。
La loro popolarità era tale che i rispettivi ammiratori fanatici si scontravano tra loro, con conseguenti spargimenti di sangue.
*popolarità 大衆性、人気 /tale che それほど~で ~するほどで
rispettivo それぞれの めいめいの/ ammiratore(名)ファン 愛好家
fanatico(形) 熱烈な
si scontravano scontrarsi (再帰)(相互的再帰代名詞)衝突する
conseguente(形・現分)必然的の
spargimento di sangue 流血
③シエナ生まれでカストラートのセネジーノと共に、当時のオペラ界を席巻した彼女たちは各国に招かれ、特にロンドンではヘンデルによる歌劇を中心に大成功をおさめています。
Insieme al castorato senese detto Senesino, dominarono il mondo dell'opera dell'epoca e furuno invitate in molti Paesi.
In particolare fu a Londra che riscossero grande successo con le opere di Händel.
*detto (形)通称、~と呼ばれた、前述の
riscossero(評判などを)博する
④しかし両者の晩年はかなり異なります。作曲家と結婚して仲睦まじく過ごし、故郷ヴェネツィアで天寿を全うしたボルドーにに対し、浪費癖で多額の借金を抱えたクッツォーニは返済することができずに何度か収監され、最後はボローニャの救貧院に入り、ボタン作りをしながら孤独と貧困のうちに息を引き取りました。
Tuttavia, i loro ultimi anni furuno molto diversi.
La Bordoni si sposò felicemente con un compositore e visse a lungo nella natia Venezia, mentre la Cuzzoni, fortemente indebitata a causa della sua abitudine allo sperco, non riuscendo a ripagare i debiti fu imprigionata più volte, e alla fine entrò in un ospizio a Bologna, dove morì in solitudine e povertà, fabbricando bottoni.
*popolarità 晩年/ visse vivere(暮らす)の3単遠
indebitato(形・過分)借金をしている
a causa di... …のために/ abitudine(女)習慣
spreco 浪費 /riuscire 上手くできる 成功する
ripagare 返済する 賠償する/ospizio 救貧院 宿泊所
solitudine(女)孤独 / fabbricare 製造する
〇文法 tale の用法
①taleche (主語)+動詞の活用形~するほどの
La loro popolarità era tale che gli ammiratori si scontravano tra loro.
(彼女たちの人気はファンが衝突するほど(のすごさ)だった)
②tale da +動詞の不定詞 ~するほどの
È una carta sottile, tale da poter vedere la luce attraverso di essa.
*essa(代)3人称単数形女性名詞をうけて
(それは光が透けてみえるほど薄い紙だ)
③不定冠詞+tale 某(なにがし)~/誰か
Parlo ad un tale che vedo sulla strada.
(道で見かけた誰かに話しかける) (
④定冠詞+tale 例の(言わなくても通じる人)
Ho visto il tale che ti piace.
(君が好きな例の人を見たよ)
⑤il tal dei tali どこぞの誰それ
Ci ha insegnato il tal dei tali.
(どこぞの誰かが私たちに教えてくれた)
〇作文 私はページの背後にある物語を想像させてくれるような小説が好きだ。
*(私に)想像することを可能にする=permettermi di immaginare
Mi piace i romanzi tali da permettermi di immaginare la storia dietro le pagine.
〇関連版画
ロンドンに到着したセネジーノ( Signor Senesino's Landing in England)
1737-38 ファウンドリング美術館(Foundling museum)
カストラートのセネジーノはロンドンでヘンデルの数多くの歌劇で主役を務めます。彼は13歳で去勢され巨体な男性として知られていました。
この版画では、ボルドーニとクッツォーニがそれぞれセネジーノの手を引っ張りあい争っている姿が風刺されています。当時、この3人がロンドンで多大な人気を博していたこと表しているのでしょう。
池上英洋先生のイタリア語講座は今回が最終回でした。伊和中辞典を引きながら予習に時間をかけないとついていけませんでしたが、終わってしまうのが残念です。イタリアの歴史と絵画の見方がわかる面白い番組でした。
先月、図書館で池上先生著「超絶技巧の西洋美術史」を借りたのですが、こちらも図版が豊富で良い本でしたので、もう一度借りようと思っています。
それと同時に周りの皆様にさらに心配ですが。
お医者さまも明日からお休みなので、お正月休みは不安です。
今日は庭の落ち葉を掃きましたが、あとからあとから落ちてきてなんとももどかしい作業でした。
イチョウ並木のそばの家々がよくそういうことを言ってらしたのを思い出しました。