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「ジャッカルの日 (The Day of the Jackal)」、映画の方は観ているはずなのだけれど、あまり記憶に残っていない。
「L’Algérie est française et le restera. (アルジェリアはフランスのもの。これまでも、これからも。)」を標榜するテロ組織 OAS によるド・ゴール大統領暗殺未遂事件がモデルとなっているらしいが、そういう背景が映画で取り上げられていたのか、いなかったのか。
引き続きフランス史の暗い部分 (私から見れば) を素材に日記を綴ろうかなと、アルジェリア戦争 (Guerre d'Algérie) についてネットを漁っているうちに、1968 年の五月革命の際に軍部がド・ゴールに協力する代償として、OAS のテロリストたちに対しての恩赦を主張し受け入れられた、という記述を目にした。
ウィキペディアの記述は無条件に信頼してはいけないのだが、どうやら、本当のことらしい。cf. :
« Gouverneur militaire de Metz (1961) puis commandant en chef des forces françaises d'Allemagne, il accueille le général de Gaulle à Baden Baden le 29 mai 1968 et l'assure de la fidélité de l'armée. Il obtient l'amnistie pour les condamnés du putsch et de l'OAS. »
「駐ドイツフランス軍の司令官だった J. マスューは、1968/05/29、バーデンバーデンにド・ゴールを迎え、軍の忠誠を保証し、OAS の受刑者への恩赦の約束を取り付けた。」
(http://www.charles-de-gaulle.org/pages/l-homme/documents-et-ressources/biographies-de-personnalites/massu-jacques-biographie.php?searchresult=1&sstring=appel)
薄汚い政治取引だと眉を顰めるべきか、ド・ゴールの政治手腕を誉むべきか。
1958 年軍部によるクーデタによって第四共和制が崩壊したとか、フランスも結構きな臭い現代史をくぐり抜けてきているんですね。
マツリゴトはキレイゴトだけではすまないようです。
これで終えると、「もの言はぬは腹ふくるるわざなり」になりそうなので、「秘すれば花なり、秘せずば花なるべからず」の一言 :
過激派諸氏、やりたいことをやりなさい、いと高きところの加護があることを信じて (但し、右の方限定)。