Saturday, 22 August 2020 (イギリスなどで)
(読み方Saturday, the twenty-second of August)
学習は後で。↓
(français)
2019年前期入門編Bienvenue dans la francophonie フランコフォニーへようこそ
Leçon 37 le Gabon ガボン
サハラ砂漠以南でフランス語話者の割合が最も高い国、ガボンを取り上げます。
kurimaさん | 2020年8月20日のおぼえた日記
/mypage_509679/diary/2020-08/20.html?m=1
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8月17日は、ガボンの独立からちょうど60年でした
ガボンは、ほかのアフリカの植民地とは違った歴史的経緯をもっているらしいです
https://www.lepoint.fr/afrique/60e-anniversaire-de-l-independance-l-exception-gabonaise-17-08-2020-2387978_3826.php
https://fr.wikipedia.org/wiki/Gabon#Colonisation_fran%C3%A7aise
2014年に、中国が最大の貿易相手国となり、港湾管理や木材伐採などの戦略的分野においてアジア資本がフランスに代わっていると書いてありました。
ガボンのことを読んでみました。
理解できたところによれば、
・ガボンは鉱物資源が豊富で(石油・ウラニウム・金・ダイヤモンド他、また木材も)は、フランスにとってアフリカ大陸の中で特別→1838年、ほかの植民地のようにではなく、ガボンの河口地域の君主とフランスの間で調印がなされて、フランス領となった(Le Gabon n'est pas une colonie comme les autres, il est devenu français[...]) 1849年、シエラレオネのFreetownをモデルにして、解放された奴隷たちの手によって、首都Librevilleが築かれた
[※奴隷制度の廃止 l’abolition de l'esclavage 今日は深入りしないようにしないと先にすすめない(汗) 今日断片的に理解したこと:フランス革命後奴隷制度廃止運動、不完全ながら法律もできる→ナポレオンが奴隷制度復活(!!!)、イギリスの方が奴隷制度廃止は先(1833奴隷制度廃止法成立)、シェラレオネは、奴隷制から解放された黒人たちの移住地として1808年にイギリスの植民地となった国(!)]
・1910年「フランス領赤道アフリカl'Afrique-Équatoriale française」(ガボン・現コンゴ共和国・現中央アフリカ共和国に10年後チャドが加わる、ブラザビル(現コンゴ共和国)がcapitale)
→ガボンは、豊かな資源を自国発展のためではなく、隣国のブラザビルの発展や連邦他国に持っていかれていると感じていたようです(のちの初代大統領の1958年の発言)
・第2次世界大戦中、他のフランス領赤道アフリカの国と同じく、ヴィシー政権ではなく自由フランスを支持
・En 1946, le Gabon devient un territoire d'outre-mer. フランスの海外領土となる
・1958年、(※第五共和政『シャルル・ド=ゴール将軍がアルジェリア戦争を背景に第四共和政を事実上打倒し(←理解していない..)、新たに作られた現在のフランスの共和政体。第四共和政に比べて立法権(国民議会)の権限が著しく低下し、大統領の執行権が強化され、行政・官僚機構が強力なのが特徴である』(https://ja.wikipedia.org/wiki/フランス第五共和政))
ガボンは国民投票でフランス共同体la Communauté française(1958-1960)内の自治共和国となり、さらに、ガボンの指導者(のちに初代大統領となる)たちはグアドループla Guadeloupe、フランス領ギアナla Guyane、マルティニークla Martiniqueなどのようにフランス国家の中に留まることを求めたが、ド・ゴール将軍は賛成ではなかったle général de Gaulle n'y étant pas favorable
→1960 : L'indépendance de 1960 est finalement imposée par Paris. 1960年の独立は、つまるところ、フランス政府に強いられたものだ
※そのためか、なぜかガボンの独立には、独立を勝ち取るではなく、l'indépendance est imposée par la France (フランスに押し付けられた)というフレーズが出てきます。
※ちなみに、アフリカの年1960年、この年フランスは核保有国となったそうです(サハラ砂漠で核実験)
・1961初代大統領(Léon Mba)就任、3年後クーデターが起きていったん退くが、フランス軍の介入のおかげで大統領に戻される [現在もガボンにはフランス軍が駐留している:アフリカにある4つのフランス軍基地のうちの一つ;他はジブチ、セネガル、コートジボワール(多分);※ジブチには2017年中国が初の海外基地を設置、イタリア軍基地もある]
・1967年Albert-Bernard Bongo accède au pouvoir après la mort de Léon Mba.
オマール・ボンゴ大統領就任(1973年カトリックからイスラームに改宗、スンニ派、El Hadj Omar Bongoに改名。後で父の名Ondimbaを付け加える)1960年代、産油のオイルマネーの恩恵を利用して、一党体制(ガボン民主党)を樹立し、1973、1979、1986年唯一の大統領候補者として、100%に近い投票で大統領にえらばれる。
・1990年、深刻な社会不安が暴動に発展した後、複数政党制に移行、初の国民議会選挙実施。しかし、1993、1998、2005年大統領は7選、(投票に問題があったり.. ) 2009年亡くなるまで42年間大統領の座に。
・2009年、息子のアリ・ボンゴが大統領を継ぎ、旧宗主国との排他的・独占的な関係に終止符を打つと約束した
※ところで、2008年は、リーマンショックの年の印象が強いですが、北京オリンピックも2008年だったのですね...。
・この10年で、木材の伐採や港湾の管理など要の分野を引き継いだ、主にアジアの投資者たちによって、フランスはガボンにおける経済的地盤を失っている。工業地区内には、中国系の建物やホテルがキノコが生えるように建っている。
・2014年、中国が最大の貿易相手国となった
en 2014, la Chine est devenue le premier partenaire commercial.
・日常生活では、フランスの食文化などが根付いているので、L'Hexagone reste le premier fournisseur du Gabon.フランスは今でもガボンに最も商品を供給している
最近のニュース
・Rose Christiane Ossouka Rapondaローズ・クリスチアーネ・オッソウカ・ラポンダ(女性)が7/17日の組閣でアリ・ボンゴ大統領により首相に。COVID-19対策の指揮を執ることに(経済回復、社会的支援など)。アリ・ボンゴ大統領は2015年~2025年を« Décennie de la femme 女性の10年»と法律で定めている
・前回2016年大統領選挙で僅差で負けた候補側が、「疑惑の選挙」として自分たちの正当性を主張している。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%9C%E3%83%B3#%E7%8B%AC%E7%AB%8B
『近年中華人民共和国の支援を受けて関係を深め、ガボンの経済に深く関わるようになる。...』
外務省HPよりhttps://www.mofa.go.jp/mofaj/area/gabon/data.html#04
-日本との関係-
在留日本人数 - 73名(2018年7月現在)
在日ガボン人数 - 23名(2017年12月現在)
※1人当たりの所得はアフリカのトップレベルだが、貧富の差の拡がっている
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*ressources minérales 鉱物資源
石油 le pétrole (n.m.)
マンガン le manganèse (n.m)
金 l’or (n.m)
ウラニウム l’uranium (n.m)
ダイヤモンド le diamont** (n.m)