2009年4月アーカイブ

気が置けない友人

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皆さんさんには、気が置けない友人いますか?

「もちろん、たくさんいます。」と即座に答えたあなたは、すばらしいですね。

多くの絆を大切にしてきたのですね。

私は、なかなか広く浅く付き合えないので、気の置けない友人は非常に限られています。

「私もそうです。」ってどういうことですか?「気が置けない友人がたくさんいるって。

おっしゃったじゃないですか、さっき。」

ひょっとすると、気が置けないの意味を取り違えていましたか?

「そうかも。気が置けないって、打ち解けられるって意味ですか。」

そうです。そのとおりです。

このブログを読んでくださる皆さんには親友と呼べる人どれくらいいますか。

同僚は、親友ですか? あるいは、たまたま同じ職場や業種で働いている人ですか?

 

今伸びている企業や大学の内部を見ると、コミュニケーションフローを自由にして、

ああでもない、こうでもないという論議を重ね、これで頑張ろうと決めたら

それを中心にプッシュして成果を上げていることがよくわかります。

ある意味アメリカ的なコミュニケーションが通用する場所とそうでない場所で

明暗が分かれているのかもしれません。

 

しかし、実際に日本でアメリカ的なコミュニケーションを通用させることは、なかなか難しい

ことなのです。なぜなら、日本はアメリカと違って、今でも学閥や仲良しグループで行動する人が

多いのではないでしょうか?そういう人に限って、自分たちのグループの内と外を区別することが

多く、そのグループに属していない人からの批判には耳を貸さないことが多いのです。

 

昔、日本の政策を批判するアメリカ人の学識経験者が「ジャパン・バッシャー」(日本叩きの論者)

を呼び、始めから彼らの論点は聞く価値なしと封じてしまおうという風潮がありましたが、

あの発想は旧態依然の日本のコミュニケーションの象徴かもしれません。

 

皆さんの職場では、アメリカ的なコミュニケーションが取れる土壌がありますか?

なければ、not too lateになる前に、行動を起こした方がいいかもしれません。

世界のグローバル化、ユニバーサル化は刻々と進んでいます。

日本の旧態依然たるコミュニケーションでしか物事を決めない人々に、皆さんの人生を

狂わされる前に。すくなくとも、Voiceして、それでもだめならExitする覚悟で。

中島みゆきさんの「宙船」のメロディが流れてきませんか?

 

いよいよ来週は、ゴールデンウィークですね。

先週末からあわせて16連休という方もみえるようですが。

海外、とりわけアメリカ、メキシコに行かれる方は、豚インフルエンザにご注意を。

私は、7月に来日する世界一の大親友の家族の旅程をゆっくり考えます。

是非、温泉に行きたいと言っているのですが、お勧めの場所をご存じの方は

お教えください!よろしくお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

メタボのコスト

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いよいよ再来週からゴールデンウィークが始まります。

来週も29日は祝日ですが、5月2日から6日まで5連休の方も多いと思います。

海外に行かれる方も多いと思いますが、メタボの方にとっては、頭の痛いニュースご存じですか?

アメリカで飛行機に乗る時に、体が大変大きい人が隣の席に座ると大変圧迫感があります。

継ぎ足し用のシートベルトなどがないとシートベルトが締められない人が隣だともう大変です。

エコノミークラスの座席のピッチは限られていますから、ひじ掛けが邪魔になったりもします。

体が大きいのだからビジネスクラスやファーストクラスに乗ってくれればと思ったりしますが、

ほとんど割引の利かないそのようなクラスにわざわざ乗ることはしないのです。

私が愛用しているアメリカの航空会社が、アメリカの大手の航空会社の中では最後に、

隣席に体がはみ出てしまうメタボな乗客に、隣の席が空いていない場合は、次の便で

2席分購入するように求めるようになりました。

「シートベルトが締められない」、「ひじ掛けの間に収まらない」体にはくれぐれもならないように

気をつけなければなりません。

Sherry Hour

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今年の夏からアメリカに留学される方も多いと思います。夢見たアメリカの大学・大学院留学まで

あと3ヶ月程になり、胸躍らせていらっしゃる頃でしょうか。アメリカでの生活を充実させるには、

まず友人作りが重要です。大学・大学院の先生との関係ももちろん重要ですが。

どうしたら友人ができるか?という問いに、これが秘策というものはないのですが、秘訣はあると

思います。アメリカ人も人さまざまですが、例えば、スポーツの話(ベースボール、アメリカンフット

ボール、バスケットボールなど)や映画の話、食べ物の話など、お互いに関心のあるものが

あると話も弾み、友人を作りやすいと思います。また金曜日の夕方、学生たちが開くTGIF

の飲み会やBYOBのパーティなどに取り合えず顔を出すのも一つの方法かもしれません。

一緒にスポーツ観戦や映画を見に行ったりするところまでこぎつければ順調です。

今、世界一の大親友と言っているアレックスとの友情がここまで深まったのはなぜかと考えると、

いくつかのポイントがあるような気がします。まず最初は、Sherry Hourでした。

カフェテリアで同じテーブルに座るようになってからしばらくしたある木曜日、夕食を食べている

時に、アレックスが、テーブルの面々に、「夜の勉強が終わったら、軽く飲まないか?」と

尋ねてきました。「いいね。どこで?」と聞き返すと、「僕の部屋にシェリー酒とビールがあるから、

何かつまみを持ってきて。」と答えて、彼はテーブルを後にしました。

これがSherry Hourの第一回となりました。それからしばらく何回か不定期に、アレックスの部屋に

集まって、シェリー酒やビールを飲みながら、話すうちに友人の輪が広がっていきました。

飲みコミュニケーションは万国共通なのでしょうか?

日本も近しい友人とはそうなのかもしれませんが、いつもと違って、Sherry Hourでの話は、

ほとんどがパーソナルな話でした。胸襟を開いて話せると思う人を、アレックスは選んで

誘っていたようです。後からわかることなのですが、アレックスは自分がなぜここににいるのか

を含めて、私たちに話したかったのかもしれません。

アレックスとの出会い

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昨日、タイのインターナショナルスクール出身の新入生の話を書きましたが、私の世界一の大親友

のアレックスのbirth placeは、タイでした。だからこそ、アレックスは、他のアメリカ生まれの

アメリカ人とは違っていて、アジア人の私たちにも分け隔てなく接してくれたのかもしれません。

アレックスのお父さんが、アメリカの国務省の仕事で東南アジアの経済の調査でタイに行って

いた時に、アレックスは生まれました。それからベトナム戦争の激化に伴いアレックスの家族は

アメリカ本土へと戻ることになりました。

アレックスとは、1980年代にシカゴ大学で出会いました。数多くのノーベル賞受賞者を輩出して

いる大学で、昨年は、南部陽一郎教授がノーベル物理学賞をされたこと、また、オバマ大統領との

つながりもあり、さまざまなメディアで取り上げれることがさらに多かった気がします。

アメリカに来たのだから、日本人とは交わらずに、できるだけ他国の人々、まずはアメリカ人と

交流を深めようと心に決めていました。しかし、言うは易く行うは難しで、なかなかWASPの

人たちだけのテーブルに一人で乗り込んでいき、会話に入り込むということはずいぶんハードル

の高いことでした。ビジネススクールのWASPの人たちは、自分たちだけの世界にどっぷり

つかっている感じがして、近寄りがたい存在でした。そこで、しばらくカフェテリアの状況を

観察することにしました。まず、どんなグループがカフェテリアで構成されつつあるか、

どのグループが外国人にもフレンドリーそうかなどを、食事を取りながら観察していきました。

同じ専門分野の人たちのテーブルに入るのも一策だと考え実行してみましたが、気づいてみると

先生や授業の話に終始している自分がありました。次に、いつも和気藹々と話しているテーブル

を観察してみると、そこにはさまざまな専門分野を持つ人が集まっていて、専門の話というより、

その日のニュースや自分たちの生活や趣味の話で盛り上がっていることがわかりました。

このテーブルに行けば、何か自分でも話せる話題があるかもしれないと思って飛び込んだのが、

アレックスたちのテーブルでした。それがアレックスと最初の出会いです。彼らのテーブルには、

実は、理学部系の人たちが多かったのですが、多国籍のバックグラウンドの人たちが集っていて、

話は多岐にわたりました。その当時の自分を振り返ってみると、アレックスとの友情が長く続いて

ほしいという願望はありましたが、20年以上も続くとは想像だにしていませんでした。

コミュニケーションと人となり

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初対面の人と話す時、みなさんはどうしてますか?目線は?態度は?

「ロサンゼルス:リトル東京の昨日・今日・明日」に登場する豊さんの場合は、お客さんへの

「いらっしゃいませ!ようこそ」から始まります。鮨カウンターのウェイトレスが、

まず英語で"Hi! How are you? What would you like to drink?"と聞いて飲み物の注文を

取り、ここからが豊さんとお客さんの一期一会です。いかに、お客さんの好みに合うネタを選び、

お客さんに喜んで帰ってもらうかの真剣勝負です。

新年度を迎えて、皆さんのまわりにも、新入社員や新入生が入ってきているのではないでしょうか。

もう新人類という言葉も死語になっていると思いますが、毎年この時期になると、新しく入ってきた

年齢が違う人たちとどうコミュニケーションを取ればいいのか考えることが多い気がします。

アメリカの生活が長かったのでしょうか、同じ年代や年下の同僚に「上から目線」で話されると

カチンとくることがあります。私のまわりには「上から目線」で話す人が大変多く、何で彼らは

そうなってしまったのかと考えることがあります。英語では、"Who do you think you are?"

と言いたい気分になることが多く、ひょっとすると日本のエリート型大学で教育を受けていくうちに

自分は人より上なんだという意識が過剰になり、自分の出身大学以外の大学を出た人は

自分より下と考えてしまうのだろうかと。

もう20年以上前に、竹村健一さんとグレゴリー・クラークさんの対談をまとめた『ユニークな

日本人』という新書が出版されました。日本は人間関係社会で、アメリカは原則関係社会

と考えられるという話が展開されています。アメリカでは、個人が信じる神や原則があり、それに

従って個々人が活動するのに対し、日本では、自分が属する人間関係をベースに行動し、

集団の一員として自分が存在し、その集団の中にいることが重要になる社会であると

述べられています。一億総中流の日本が、今や格差社会日本と言われるようになり、

昔のように、エリートが人間関係社会にどっぷり浸かっていると、自分が自分の集団に

いる限り、集団の外ではどんなことが起きているのか、他人の痛みがわからない社会

になってしまうのではないかと不安になってしまいます。

先週、あることがきっかけで、初対面でも物怖じせずに話しかけてくる新入生に

出くわしました。新入生、とりわけ女子はシャイで、あまり自分からは話し出すことは少ないと

思ってたので、びっくりしました。その新人につられて、もう1人の女子の新入生も話し出し

3人で短い時間でしたがずいぶん話しました。あとで、物怖じせずに話しかけてきた新入生

のバックグラウンドを知り、ああなるほどなと思いました。彼女は、実はタイのインターナショナル

スクール出身だったのです。異文化の中で生活していくには、コミュニケーションをいかに取るか

がサバイバルの秘訣になるわけで、自分はどんな人間かをちゃんと持たなくてはということを

体得してきたからこそ、ああいう行動が取れるのだなと納得してしまいました。

いろいろな国で生活したことのある日本人は多いと思いますが、それぞれの国の人々から

学んだ価値観や生き方を、日本と比較しながら、自分の価値観と生き方を確立していくことが

これからのグローバルな社会で生きていくには肝要ではないかなと思っています。同じ人間

であるという目線で。

タイのインターナショナルスクール出身の新入生の今後が楽しみです。

ロサンゼルス:リトル東京の昨日・今日・明日 4

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豊さんと話すようになったのは、しげさんと和さんが担当だったカウンターの端で、

豊さんが鮨を握っていて、私がしげさんと和さんと話している時に、たまたまいいネタを

2人の前のショーケースに探しに見えた時に、一言二言言葉を交わすようになったのが、

きっかけだった気がします。しげさんと和さんは、新進のよきライバルという感じがしました。

豊さんの前には、古くからの常連の人たちがいつも陣取っているようでした。

初めてお店に足を踏み入れてから20年が過ぎました。

その間に、しげさんはビバリーヒルズに店を持ち卒業しましたが、和さんはチーフとして

今でも豊さんのお店で頑張っています。最近は寿司シェフの人たちに新しい人が、行くたびに

加わっていて、全員の顔と名前は一致しませんが、豊さん、和さんほどつきあいは

長くないものの、まささん、のりさん、あきさんとも、もう10年くらいのつきあいになります。

このお店のすごさは、なんといっても豊さんの人柄と努力、そしてそれを支えるスタッフの絆と

結束力だといつも思います。

先週から始まった連続テレビ小説「つばさ」の中で、今日、甘玉堂の女将の千代役の

吉行和子さんが、店の建物を手放す覚悟をし、その理由をつばさ役の多部未華子さんに

説明する時に、「大切なのは老舗を守ることではなく、たった今、和菓子を買ってくれたお客さんが

そのお菓子を食べて喜んでくれる事なのだという事を、あなたに教えてもらいました。」と

語りかけていましたが、この台詞を聞きながら、豊さんは、この29年間、自分のお店に

来てくれた人がおいしかったと喜んでくれることを目指して努力して、一代でこのお店を

リトル東京では知る人ぞ知る店にしたんだなと考えていました。

今では、テレビJAPANのおかげで、ロサンゼルスでも「つばさ」も観ることができるので、

豊さんや和さんは「つばさ」を観て、どう思っているのだろうと、次回ロサンゼルスに行った時に

聞いてみようと思います。

アメリカに渡り、開店したお店が来年で30周年、このアメリカンドリームは、

豊さん本人の並々ならぬ努力の賜物です。その努力にシェフ、スタッフがついてきた。

そこに今の成功があります。

豊さんのお店は、昼は、月曜日から金曜日まで11時15分から、夜は、月曜日から金曜日は

17時半、土曜日は17時から営業しています。仕込みは朝の9、10時から始まり、お店は営業中は

大忙しで、昼と夜の間に若干の昼休みがありますが、お客さんが帰り、豊さんたちが賄いを食べて

お店を後にするのが、23時半過ぎ、そして、豊さんは翌朝4時には、昨日の晩注文した魚が、

仕入れ業者のファックスに見合った品質のものなのかをチェックするために魚市場にいます。

この努力あってのアメリカンドリームなのです。

シカゴにいた時に、日本を代表するジャズミュージシャンの穐吉敏子氏にお話をお伺いする機会が

ありました。アメリカをベースに活動され、世界中で演奏をされているご自身をどうご覧になって

いらっしゃるのかお尋ねすると、「私は、女性、日本人である前に、ジャズミュージシャンだと

思ってます。」とおっしゃいました。

豊さんは今の自分をどう表現されるのか、チャンスがあったら問いかけてみたいと思ってます。

ニュースで英会話

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「春眠暁を覚えず」と言いますが、皆さんは朝は強いほうですか?

どこかで「朝、外光が部屋に入るようにしておくと、体内時計に良い。」と聞いたこともあり、

部屋には雨戸がないので、朝の目覚めは外光に頼るようにしています。とはいえ、

遅刻は禁物ですから、バックアップに目覚ましをセットはしてありますが、最近は順調に

6時頃には起きれています。「早起きは三文の得」の言葉通り、今日はラッキーな発見を

しました。

毎年4月になると、今年はどんな英語講座が始まるのかと、書店に必ず足を運び、

このブログでも取り上げましたが、「3か月トピック英会話」、「トラッドジャパン」、

を始め、「Jブンガク」のテキストと再放送の「リトル・チャロからだにしみこむ英会話」、

「チャロの英語実力講座」のテキストを買って、新年度のスタートを切りました。

しかし、今朝、教育テレビをつけると、「これも新番組!?」という番組が放送されていたのです。

「ニュースで英会話」でした。「あれABC News Shower」の放送時間が変わったの?というのが、

第一感でした。画面のニュースがABC Newsではありません。でも、英語字幕付でとか、

日本語字幕付でいうナレーションは、まさにABC News Showerのナレーターの声なのですが。

早速ネットで調べてみると、新番組であることがわかりました。

旬の生のニュースを扱うので、テキストという紙媒体では時間が経過してしまう、そこで、

テレビ、ラジオ、NHKワンセグ2とオンラインで構成されている番組だったのです。

昨年度1年間という長丁場でテレビ、ラジオ、オンラインで繰り広げられた「リトル・チャロ」の企画

同様、大変斬新で意欲的な企画だと思いました。「リトル・チャロ」は、佐藤良明先生と栩木玲子

先生のコラボレーションでしたが、こちらは、「クロス・ロード・カフェ」以来、久しぶりの鳥飼

玖美子先生の企画のように思いました。「クロス・ロード・カフェ」のシュールズ先生も登場される

ようで大変楽しみです。今週末までに先週の分まで追いついて、来週からはオンタイムで

頑張りたいと思います。

早起きは三文の得で見つけた「ニュースで英会話」ですが、NHKニュースでは、

ペルーで元フジモリ大統領に禁固25年の判決が下されたことが報じられていました。

フジモリ大統領在任時に起こった、在ペルー日本大使公邸占拠事件(1996年)解決の

ために、1997年4月22日にペルー警察が公邸に突入しました。

日本時間では朝5時頃だったと思いますが、私は朝早く起きていて、この瞬間を

CNNで観ていました。CNNでは、公邸から煙が上がり、担架で運び出される人たち

の姿が映され、Hostageや突入した警察官の安否についてリポートがなされていました。

ところが、一方で日本のニュースでは、CNNと同じ映像を使いながら、日本人の人質の

安否の話だけに終始していました。日本人以外の人質の人々、突入した警察官の安否

などにはおかまいなしで。私は、CNNと日本のニュースの報道の違いにすごく違和感を

感じました。同じ命なのに、なぜ日本人の命だけが取り上げられるか。ましてや

在ペルー日本大使公邸でのパーティ中に起こった事件で、招待客も人質になっていたのです。

国際ニュース報道に求められるものとは何か?

「ニュースで英会話」では、鳥飼先生を始めとする先生方に、国際コミュニケーションの観点から、

ニュースの報道のあり方にも突っ込んでいただければと思います。

ご本人に確かめる方法があるといいのですが、私が違和感を持ったニュースを、

日本を代表するミュージシャンも観ていて、この曲を創ってくれたと確信している楽曲

があります。

機会がおありでしたら是非お聞きになってみてください。

その楽曲とは、中島みゆきさんのアルバム「わたしの子供になりなさい」に収録されている

「4.2.3.」です。

 

 

 

ロサンゼルス:リトル東京の昨日・今日・明日 3

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リトル東京にお鮨屋さんを開店してから3月12日で29周年となった豊さんは、

今でもカウンターでお鮨を握っています。青森県の出身で、ロサンゼルスに渡り、

最初は東京會舘で働きはじめたそうです。東京會舘は、2年前にハードカバーで

(昨年ペーパーバック)で出版されたThe Sushi Economy: Globalization and the Making of

 a Modern Delicacyにも取り上げられているリトル東京の老舗の和食レストランでした。

残念ながらもう東京會舘はありません。東京會舘があった場所には、現在、コンドミニアムが

建設されています。東京會舘から独立して、自分のお店を開いたのが1980年3月12日でした。

初めて私がお店に行ったのは、1987年の秋でした。土曜日に、ひとりでバスでリトル東京とは

どんな所か見に行った時に、お店に寄った記憶があります。車社会のアメリカ、ましてや

ロサンゼルスでは、今でもそうですが、当時もバスはどちらかといえば車を買うことのできない

人々の足で、本数は日本と比べても少ないし、バス停はありますが、それぞれのバス停に予定

通過時間などの掲示はありません。とはいえ、ロサンゼルスのビジターインフォメーションセンター

やバスの中には、バスの番号ごとのポケット時刻表があり、それを持っていれば自分の今いる

バス停の前をだいたいどのくらいの時間にバスが通るのかは分かる仕組みになっています。

もちろん、最初からカウンターに座るほどの勇気もお金もありませんでしたから、テーブルに座り、

刺身ディナーなどのコンビネーション(アペタイザーに天ぷらが少しついて、メインの刺身のプレート

と味噌汁とご飯)とビールを一本注文しました。こんなに量があってこの値段なんだとびっくりしたのを

今でも覚えています。何度か通ううちにウェイトレスの人々と顔見知りになり、いろいろ話すように

なりました。どの人がオーナーなのか(豊さん)を始め、お店のスタッフの人たちがだんだん

わかってきました。テーブル席から、カウンター越しに、豊さんや寿司シェフの人たちが、笑顔で、

お客さんたちと話している姿を見ながら、いつか自分もカウンターに座ってみたいと思っていました。

しかし、いったいいくらぐらいするものなのかは見当もつかず、なかなかテーブルからカウンター

に移ることはできませんでした。テーブル席とカウンター席の間を格子が区切っていて、

いつ格子の向こうに行けるのかと思っていました。

私の背中を押したのは、弟でした。翌年、弟が卒業旅行にアメリカに来ることになり、

ロサンゼルスにも観光でやってきました。弟に、「兄貴として何かしてやりたいけれども

何かリクエストは?」と聞くと、「アメリカで鮨をカウンターで食べたい。」という答えが

帰ってきました。いったいいくらかかるのかもわからないので、自分が持っているカードが使える

この店に弟を連れてきました。カウンターに座ると、寿司シェフのしげさんと和さんから

開口一番「やっと格子のむこうから出てきたね。」と言われ、この人たちはちゃんとテーブルに

座っているお客さんを見ているんだとびっくりしました。一緒に行った弟は何の事だか

わからず、きょとんとしていました。

弟とカウンターで鮨に舌鼓を打ち、これ以来、お店を訪れる時は、カウンターに座るように

なりました。カウンター越しに繰り広げられる寿司シェフやスタッフとのコミュニケーション、

「袖触れ合うも多少の縁」たまたま隣に座った人とのコミュニケーションはテーブルでは

味わえない妙味です。今では、豊さんのお店は、当時の2倍の大きさになっています。

つきあいが長くなるうちに、この店のカウンターでお気に入りの席ができました。

カウンターの一番奥の末席ですが、カウンター30数席での寿司シェフとお客さん、寿司シェフと

スタッフの人たちが一望できる席です。目の前にネタケースがあったりするような席こそ、

きっと多くのお客さんのお好みの席なのでしょうが、私にとっては、この席から、いつも

お店のみんなが一丸になってい頑張っている姿、この店の寿司シェフが握った鮨で、

国籍を越えたお客さんの顔に笑みがこぼれるのを見れるのかたまりません。

 

ロサンゼルス:リトル東京の昨日・今日・明日 2

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ロス暴動の最中に、意を決してバスで向かったリトル東京のお鮨屋さんとは、

もう22年のつきあいになります。かつて流行った「動物占い」では、たぬきは、

居心地のよい場所を見つけると、そこに通いつめると書いてありましたが、

結構当たっているのかもしれません。私が、よく行く新宿のワインのお店とも

もう15年くらいのつきあいですから。

 

日本にいる間、家族が多かったこともあり、にぎりずしを食べる機会は、家で何か祝い事が

あった時に限られていた気がします。出前の寿司は、めったに口に入るものではなかった

という記憶があります。

 

アメリカに渡ってからは、和食レストランに足を運ぶことが何度もありましたが、最初の頃は、

テーブルに座るなり、自分がいくら持っているかを確認して、メニューを見ながら、チップを

含めてどのオントレーなら注文できるのかを考え注文したものです。

たまに、カウンターに座ることもありましたが、そんな場合は、まず寿司シェフの人に、

「30ドルになったら教えてください。」というように最初に限度額を話しておく方法を取っていました。

 

そんな経験をしてから、ロサンゼルスに滞在中、初めてこのお店に足を運んだ時のことを

今でもよく覚えています。リトル東京の中で、ひときわお客さんの列ができていて、

私が最初に手にしたカードが利用できる珍しいお店だったのです。

 

アメリカに行かれて、お店のウィンドーやキャッシャーに貼られている利用可能のクレジット・カード

のシールをよくご覧になるとわかりますが、2種類のカードが群を抜いています。

私が初めて手にできたカードは、そのいずれでもありませんでした。

そのカードは、名前からアメリカでは主流ではと思ったのですが、、顧客の使用額に対して

カード会社がお店に要求するパーセンテージが高いので、前記の2種類のカードより使えるお店が

限られていたのです。アメリカでは、支払は現金かカードで、トラベラーズ・チェックは大丈夫ですが、

パーソナル・チェックでは、まず支払はできません。つまり、レストランに行くにはそれ相当の現金を

下していくか、カードを持っていかないとということになるわけです。

 

列で待つこと30分、やっと順番が来て、テーブルに案内されました。

広いカウンターの反対側に、テーブル席がありました。

そこは、まさに日本でした!

シェフの人も、お客さんもほぼ日本人で、飛び交う言葉は日本語でした。

これがロサンゼルスのリトル東京なんだと思いました。

 

あれから20数年が過ぎ、このお店のフロアーは当時の2倍になりましたが、

あの時以上に長い列ができているこのお店で飛び交う言葉は、

まさにインターナショナルになりました。

 

この20年の間に、どれだけ日本の江戸前の鮨文化が、国籍を越えた人々に受け入れられる

ようになったかは、このお店のカウンターの一番奥に座ると一目瞭然に理解できるようになり

ました。

 

なぜこれだけ多くの人の心を魅了できるのか、リトル東京にあるお鮨屋さんの中でもこの

お鮨屋さんは特別だと思っています。オーナーを含めたスタッフの一期一会の感謝と

おもてなしの心が、この人気を支えているのでしょう。

 

心をこめて握った一貫の鮨を通じてのコミュニケーションには、多くの言葉はいらないの

かもしれません。現代日本を代表する絵描きミヤケマイ氏は、ご両親の仕事で幼ない頃

オーストラリアで生活していた時に、絵を通じてコミュニケーションを取っていたことがあったことが、

今の自分の作品に生きていると語られていますが、このお店の鮨とミヤケ氏の作品

には共通することがあるような気がしてなりません。

 

この店のオーナーの豊さんもミヤケ氏も、2人とも、communicationの語源である、分かち合いを、

言葉を越えた鮨と絵によって、国境の壁を越えたコミュニケーションを体現しているのではと

思うのです。

ロサンゼルス:リトル東京の昨日・今日・明日 1

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ロサンゼルスといえば、皆さんはどんなイメージを持たれるのでしょう。

「3か月トピック英会話」の今週のEpisode 2は、「海岸沿いをサイクリング」で、

ビルさんとエミさんは、サンタモニカビーチからベニス・ビーチまで自転車を借りて

サイクリング、途中下車して、いろいろ面白い物を売っている店に立ち寄ります。

その後、Episode 3は、「アートを楽しむ」で、ゲッティセンターへ、Episode 4は、

ロサンゼルスの原宿と言ってもいいメルローズ・アベニューへと、2人は足を延ばします。

 

私は、毎年4月のGWが近づくと、今から17年前のロス暴動の時のリトル東京

のことを思い出します。1992年4月29日にロドニー・キング事件に関して、ロス市警の

警官への陪審員の無罪評決が下されたことに端を発したロサンゼルスの暴動事件。

翌4月30日には、ブラッドリーロサンゼルス市長により非常事態宣言が出されるまでに

なりました。当時、ロサンゼルスに住んでいた私は、暴動による火の手が見る見る

拡がっていくのをテレビで見ながら、ひょっとすると自分のアパートまで火の手が

襲ってくるのではと、部屋で何もできずにいたことを思い出します。

夜は外出禁止令が出ていたので、近くのスーパーに昼間に、食料と水を買いに行くと、

レジには長蛇の列ができていました。

 

ロス暴動の最中に、あまりに独りでいるとおかしくなりそうなので、

リトル東京の馴染みのお鮨屋さんに孤独に耐えきれず、危険を知りながら、

意を決してバスで行った時に、目の前に映った光景は、まさに戦場のようでした。

ロス市警の本部パーカー・センターは、リトル東京のそばにあり、

リトル東京付近の空地や駐車場には、万一に備えて、多くの装甲車や警備車両が

集結し物々しい様相でした。戦車もあったのかもしれません。これだけの数の

そのような車両が所狭しと駐車されているのを目の当たりにし、背筋が寒くなったこと

を今でも思い出します。

 

ロス暴動は、州兵と連邦軍の投入により、6日間で収束するのですが、

ロサンゼルスのダウンタウンの空洞化の影響をもろに受けていたリトル東京に、

ロス暴動はさらなる追い討ちをかけることになり、リトル東京に未来はあるのだろうか

と思ったことでした。ロサンゼルスの日本総領事館のダウンタウンのバンカーヒルからの

移転計画が持ち上がったのも、空洞化の影響かなと思ったことでした。

 

あれから、17年の月日が流れましたが、とりわけ2000年以降のリトル東京の周辺の

変わりようは、目を見張るものがあります。その変容の速さに、リトル東京を支えていた

日本文化のルーツがこれではなくなってしまうのでは憂うまでになりつつあります。

 

しばらくリトル東京の昨日・今日・明日にお付き合いください。

 

たかがスキット、されどスキット

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新学期が始まり、NHKテレビ・ラジオの語学番組で新たに語学学習を始められた方も

多いと思います。NHKの語学番組のテキストは、4月が一番売れると聞いたことが

あります。初志貫徹で頑張っていただきたいと思います!

 

水曜日から始まったNHKテレビ 「3ヶ月トピック英会話 カリフォルニア縦断!

シンプル会話術」の第1回目Episode 1は、「地下鉄でハリウッドに行こう!」

でした。

 

Skit 1は、ロサンゼルスのダウンタウンの7th StreetとFigueroa Streetの交差点のそばに

ある7+Figというさまざまなお店やスポーツジムがある商業施設の前で、ビルさんが

女性に最寄りの地下鉄の駅を尋ねて、最寄りの駅が、7st St/Metro Center Stationであることを

知り、さらに行き方を訪ねて、"Go straight. Take a right on your second block."という答えを

もらい、エミさんとその駅に向かうものでした。

 

ロサンゼルスのダウンタウンをよく知っている方なら、ビルさんが尋ねた女性が、なぜ

すぐ後ろを振り返り、画面のバックに映っているビルの7th StreetとFigueroa Street

の交差点を挟んで反対側にあるHSBCのビルを指差して、"Can you see that building?

 The 7th/Metro Center Station is in the basement of the building."と答えなかったのか

不思議に思われたのではないでしょうか。あの場所から、スキットで示されている駅の

入口と比べるとこの方がはるかにわかりやすく、近い駅の入り口です。

 

「3ヶ月トピック英会話」では現地ロケをベースに、楽しみながら英語を学ぶことができるだけ

でなく、カリフォルニアの知識も増える一石二鳥の番組作りがなされていますが、

欲を言えば、もっとプラクティカルな情報も含まれると、これからGWや夏休みにカリフォルニアに

行かれる方にさらにためになる番組になる気がします。

 

第1回のスキットの中か、あるいはMore about Californiaで、Skit 1の場面の

交差点のすぐ近くには、Downtown Los Angeles Vistor Information Centerがあることや、

ロサンゼルスのダウンタウンを回るDASHの話も出てきていたらなと思いました。

 

これは、More about Californiaの最後のところで触れられていますが、

ロサンゼルスの人々に聞く限り、夜は、地下鉄の利用は避けた方がよいですよと

よく言われます。放送では語られない行間を、テキストで勉強されるといいでしょう。

ロサンゼルスのフリーウェイの渋滞のひどさも映像で示されると、なぜ今地下鉄

に関心が集まっているかがよりよく視聴者に分かってもらえたかなと思いました。

 

番組を観ていて、番組の最後に地下鉄について、利用者の2名が答えている

インタビューの英語が一番リアルに聞こえました。

 

 

 

 

 

春の嵐

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朝から風が強くて、やっと咲いた桜も枝にしがみついていられるか心配です。

春の嵐です。

 

花粉のシーズンに風が強いというのは、花粉症の人間にとっては辛いことです。

このシーズンになると、春風亭昇太師匠の「花粉寿司」が聞きたくなります。

どんな話?それは、やはり高座でご覧になってください。

ヒントは、花粉症であると大変な職業のお噺です。

 

昇太師匠といえば、今晩からNHKで放送される「あなたが主役 50ボイス」に

レギュラーとして登場されるようです。これで大喜利以外に毎週昇太師匠の顔を

テレビで見れる機会が増えます。

十人十色と言いますが、この番組は同じ質問を50人にして世相を観察する番組の

ようです。30分の番組で50人というのは、結構あっという間に終わってしまうのかな

と思いますが、まずは今晩の番組を楽しみにしようと思います。

 

今では、合格発表もインターネットで見ることができるようになっていますが、

昔は、掲示板の番号を見に行き、その場で合否を確認するか、遠方からの人は、

受験時に合格電報を頼み、「サクラサク」という電報が来るのを心待ちにしていたそうです。

 

桜は、日本文化では夢の成否と深くかかわっているような気がします。

夢が叶う「サクラサク」の反対には、「サクラチル」があるのですが、

日本人の潔さを表すのにも、桜はかかせません。

この間のお花見で、自己紹介に添えるお題がありました。

お題は、「わたしのとびきりの桜」でした。

 

私のとびきりの桜は、「紫の桜」です。

オープニングの後、「夢を叶えて」という楽曲で幕を開ける

中島みゆき 「夜会 VOL.10 海嘯」のクライマックスで歌われる「紫の桜」。

日本を捨てアメリカに移っても、日本で叶えたいある夢をずっと自分の心の底に秘め、

頑張ってきた主人公の女性実業家が、最後に自らの夢の行方を表現するのに選んだのは

桜でした。

機会がありましたら、是非ご覧ください。

 

 

機会と準備の春

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先週の土曜日に、グループでお花見に行きました。

金曜日の夜には雨が降ったり、土曜日も朝のうちは寒く、風もきつかったので、

どうなることかと思いましたが、桜は咲いていました。

 

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今日は、4月1日、入社式、入学式、新年度のスタートです。

新社会人、新入生の方はもちろん、みなさんも新たな気持ちで、新年度のスタートを切られた

ことと思います。

アメリカにいた時、よく「幸運は、機会と準備の交差点にある。」と言われました。

新たな出会いと機会を期待しながら、自分を磨くことを怠らずに生きなければと

新年度の初めにあたり、気を引き締めています。

そんなことを言いながら、今日朝一番にしたことといえば、

7月に来日する世界一の親友のアレックスの家族のための京都御所の参観申し込みでした。

皇居の参観の申し込みも今日してしまうつもりでしたが、京都御所と違い、皇居の参観の申し込み

は、参観前月の1日からということを今朝発見し、また6月1日の朝に頑張らないといけません。

京都御所の参観ツアーは、なぜか日本語と思い込んでいて、とにかくツアー前に情報を集めて、

どう訳すか研究しておいて、あとはツアー中に、アレックスたちに逐次通訳で伝えないと

考えていたのですが、参観ツアーには、英語案内コースもちゃんとありました。

早速、私を含めて、アレックスの家族と計5名で申し込みました。

昨日から、NHKテレビで「トラッドジャパン」が始まりました。

第1回は、もともとアレックスの大好物で、奥さんのリサの、そして子供のテイラーとレベッカの

大好物になった、すしでした。

今回は、築地場外市場にも行きたいと行っているので、大変参考になりました。

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