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人生まだ半分、37才からの外国語
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英会話教室や雑誌、ネットなど、ごく普通の環境だけで始められ、続けられる外国語学習の記録と秘訣を伝えていこうと思っています。
 

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人生まだ半分、37才からの外国語

2013年2月 6日 (水)

雪で大騒ぎ
大雪はどこに?
今日(2月6日)の首都圏は、早朝から夕方にかけて雪の予報でした。
先月はかなりの積雪となり、首都圏の交通機関は予想通りの麻痺状態となったことから、今朝は早くからJRの主要な路線で間引き運転実施を発表。
私は私鉄沿線だったので、まったく影響なく通勤できたのですが、JR利用者は軒並み遅れての出社となりました。どうやら、間引き運転の影響を恐れた乗客が早くから駅に殺到して、駅構内が大混雑し入場できなくなっていたとのこと。
もちろん、やってくる電車も軒並み普段以上の混雑で乗り込むこともできず、朝の通勤だけで一日の体力と気力を使い果たした人も多かったでしょう。

雪国に住んでいるかたにとっては、ちょっとした雪で麻痺状態に陥る東京の姿は滑稽に映るでしょう。北海道出身の私も、東京に出てきてかれこれ30年近くになるのですが、やはりその脆弱さには毎回驚かされます。
けれど、年に数回しか降らない雪のために、東京が対策を取るべきだとは思いません。むしろ、大雪になったらその日は外出を諦める、という程度の対策で十分なのではないかと思います。先月の積雪のときにだって、平然と夏タイヤで運転する人が多かったのはまったく理解の外。事故を起こしたいんでしょうか。

札幌雪祭り
さて、予報だけで首都をパニックに陥れるパワーを持つ雪ですが、北国札幌では立派な観光資源。今週は「さっぽろ雪祭り」が開催されています。
もう何年も見ていなかったのですが、たまたま月曜日に出張があったので、会期直前の雪像を観ることができました。いつ見てもよくもまあ、しっかりとつくるもんです。すでに多くの観光客でにぎわっていましたが、外国からのお客様が目立っていましたね。

東京にいると、駅に英語と中国語、そして韓国語の案内表記があり、各種のアナウンスも行われているのはごく当たり前の風景です。
しかし、札幌といえど、東京ほどには外国からのお客様を迎える準備が整っているわけではなく、路上や地下道でパンフレットや地図を手にああでもない、こうでもない、と相談をする光景があちこちで見られました。

なかでも、駅のコインロッカーは中央に大きな液晶の操作パネルがあって、しかも音声ガイダンスがついているにもかかわらず完全日本語仕様。英語表記は操作パネルの横に一通りの手順が書いてあるだけです。
案の定、私が喫煙コーナーに入った同僚を待っていると、ロッカーを前に途方に暮れている観光客から「すまませーん」と声がかかりました。
どうやら追加料金を払うところまではなんとか理解したものの、硬貨を入れても入れても戻ってきてしまっています。

日本人にもわからない
「英語のインストラクションがないんだね」などと話しながら私もやってみるのですが、全然ダメです。
ふと思いたって、先に画面上の「はい、取り出します」という大きなボタンにタッチすると、無事硬貨が受け入れられるようになりました。つまり、「追加料金が必要です」という表示を読んで、荷物を取り出すことに同意して初めて。その追加料金を受け入れるのです。

たしかに、「ここまでの追加はいくらかな」と確認するだけの人もいるでしょうから、明示的に荷物を取り出すという意思表示が必要なのは(じっくりと考えれば)納得がゆきます。
しかし、その手順の説明が日本語でさえなされないのでは、外国人にはわかろうはずもありません。いってみれば「年に数回しか使わない外国人に備える必要は、ないよね」と、いってみれば首都圏での雪扱い。
でも、北海道はいわば観光が主要産業のひとつのはず。もう少し工夫がほしいですね。そもそも、駅表の操作パネルなら表示言語の切り替えくらい、簡単にできるはずなのに。

まあなんとか無事に取り出せて、「英語うまいね、仕事で使うのかい?」「いや、旅行だけ」みたいな話をしていたら同僚が出てきて、その場でわかれました。
彼にとっての北海道滞在が、楽しく快適だったら良かったのですが。
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2013年2月14日 (木)

祝!「留年」?
今年も語学番組発表会に
ほんとは、ローマ教皇ベネディクト16世の「退位」についての文章を準備してたのですが、先にこっちから書きますね。

今年も、4月からのNHK語学学習番組の発表会にお邪魔してきました。
ご案内いただいた時点でスケジュールを確認すると、なぜかこの日の午後は予め予期していたかのように空白の時間帯。さっそく有休を取得して渋谷へGO。
明治神宮前から余裕でたどり着けるはずが、横着して公園と陸上競技場を通ってショートカットしようとしたら通行不可能。会場入りしたときにはすでにご挨拶が始まっていました。

進行は昨年と同じく、パトリック・ハーランさんと坂下千里子さんのお二人です。
まずは会場を埋め尽くした(毎年同じ会場ですが、今年はちょっと多かったように思えました)記者のみなさんに向けて、「この中で海外と日常的に仕事をしている人は?」という質問からスタート。残念なことに、上がった手はほぼ皆無。私も国内事業部門なので、日常的には全く使っていません。
「では、仕事や趣味でいつも英語や外国語を使っている人は?」と第2の質問になったので挙手したところ、どうやら私の周辺でしか手が上がらなかった模様。すぐうしろで挙手していたのは、川本佐奈恵さんでした。
うーん、やっぱり日本国内で、国内向けの仕事をしていると、英語なんて日常的には使いませんよねえ...この質問からのスタート、きっと来年はなくなると思います。

史上初の「留年」とは?
個々の番組についてはきちんと紹介もされていくでしょうから、とりあえず私としては最大のニュースがこれ。「坂下千里子さん、NHK語学番組史上初の『留年』」です。
月曜から木曜まで、22時50分から放映されている(いまは、上半期の再放送)、「おとなの基礎英語(以下略してオトキソ)」の4月からの新シーズンが決定、坂下さんはじめスタジオのメンバーだけでなく、ドラマ部出演の肘井美佳さんも含めて全メンバーが継続出演という、ファンには嬉しいお知らせ。

なんでも、語学番組の生徒役が2年連続で同じ番組に出演するのは史上初なんだそうで、これをもって「今年から留年制度ができました」なんだそうです。
テレビ講座は入門者や初心者が多いでしょうから、一人の出演者が継続してレベルを徐々に上げていくのは難しいかもしれません。でも、「オトキソ」ならばレベルアップというよりも使えるフレーズの追加、という形で続けられるので、留年はむしろプラス要因のほうが多いんじゃないでしょうか。

「オトキソ」があれば他は要らない...かも
実は今シーズンの語学番組のなかで、一番ちゃんとみているのが「オトキソ」なんですが、この番組の内容って、日本人の「趣味の英語」の需要にかなりうまくミートしているんじゃないかと思います。
だって、日常生活は日本語だけで十分だし、仕事で日常的に使う人ばかりじゃない。結局英語を使う場面って、旅行の時や、あるいは日本への旅行者とのコンタクト程度、という人、多いでしょう。

極論ではありますが、ほとんどの日本人にとっては「オトキソ」のなかでの肘井美佳さんの英語レベルって、ほぼ完成型だと思って問題ないんじゃないかな。
きっと彼女は仕事でも英語を使い、海外で生活することになっても不便を感じないでしょうから、かなりの英語活用レベルです。たぶん、CEFRレベルでいうと「レベルC1」くらいに到達しちゃってます。相手に何を言われても全く動じず詰まらずにやりとりできてますね。

で、美佳さんのちょっと下のレベル、「B1」レベルくらいが、「旅行などでたまに使う英語」のとりあえずのゴールとして、おすすめできる水準じゃないかと思います。
外国人観光客に道を聞かれて、多少苦労しながらでもちゃんと受け答えできて、ちゃんと挨拶なども交えて、わりとスムーズな会話ができるレベル。これができると、たぶん周囲からは「英語が得意な人」と評価されるんじゃないでしょうか。

「オトキソ」はNHKの位置づけとしては、「A2」に相当します。つまりは、「カタコト、ブロークン、サバイバル」のレベルから、「流れる会話」に向けた重要ステップですね。
これは私の経験から来るイメージですが、「オトキソ」で毎回紹介されるフレーズが、意味が同じ別表現も含めて、ちゃんとした文章で頭に浮かぶようになれば、海外旅行ならよほどのトラブル以外は問題なく通じるようになります。フレーズだけしか話せないわけではなくて、その前後のやりとりも含めて練習ができていれば、の話ですが。
なので、仕事や留学を目指して学習中の方々を除けば、「オトキソ」さえあれば他の番組は要らない!といっても過言ではないのです(いや、さすがに過言か)。

全国「オトキソ」ファンのみなさん、そんなわけで、4月からも同じメンバーでの新作が待ってますよ。楽しみにしましょう。
あ、美佳&ジョーのその後は語られるのか、質問すれば良かった...

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2013年2月17日 (日)

resign or abdicate?
退位
ローマ教皇、ベネディクトゥス16世が今月末で退位すると発表し、大きな話題になっています。
私も西洋史は好きなのですが、「え、教皇って退位できるんだ」と思った程度のニワカなのでした。調べてみると、ちゃんと、退位に関する決まりもあるようです。
教皇の退位自体がとても珍しいことで(基本的には死亡するまで位に留まる)、なんと前回は15世紀の始めだったのだとか。
 
600年前って、それっていつ頃だ、という疑問が湧きますが、なんと教皇庁が南仏のアヴィニョンに移されて生じた「教会大分裂(大シスマ)」の時代ですよ。
あれこれとあって三人になってしまった教皇をまとめるために、公会議が開催されて三人が同時に位を辞することが決まり、グレゴリウス12世が応じたのが最後ということです。なんと1415年のこと。残る二人は自ら退位することなく「廃位」されたのですね。
前回がこうした、いわば「異常事態」の集結のためにおこなわれ、以後600年間に渡って絶えていたことなのですから、ローマ・カトリック教会にとって今回の発表がどれほどの大きな事件かがうかがい知れます。
 
教皇の退位はresignation
さて、この普段はほとんど使わない「退位」という言葉、英語では何というのかと調べてみました。
まずは安直に和英辞典にあたると、「abdication」という、少なくとも私は初めて目にする単語が登場しました。こういった耳慣れない表現が和英辞典で出てきた時は要注意です。
 
ひとまず辞書を離れて、今度はWikipediaにいってみましょう。
英語版のWikipediaで「Pope」の項を開いてみると、目次の中に「resignation」という項目を見つけることができます。リンク先の「Papal resignation」を開くと、次のような記述があります。
Despite its common usage in discussion of papal resignations,[4] the term "abdication" is not used in the official documents of the Church for resignation by a pope. Since the pope is supreme over the Church, there is no process in place for his involuntary removal.
教会における、ローマ教皇の体位を表すには、「abdication」ではなく「resignation」が使われる。とのこと。
和英辞典の結果をその場で鵜呑みにして使うのは、やっぱり避けるべきです。
 
abdicationじゃ、ダメなの?
もうひとつ、Googleで「abdication resignation」で検索すると、上位にCNNニュースの「Will Benedict 'resign' or '
abdicate' as pope? (http://news.blogs.cnn.com/2013/02/11/will-benedict-resign-or-abdicate-as-pope/)」という短い記事へのリンクが見つかりました。
こちらには、こんな記述があります。
So according to those rules, the correct word to describe the pope's actions would be resignation.
But many people have been calling the pope's announcement an abdication. That word normally applies in a royal context, when the person who leaves their position has an immediate successor in place.
教会の退位に関するルールで使われているのは、「resignation」なので、教皇退位を表すにはこの語を使うのが適当である。 
しかしながら、多くの人々が「abdication」を用いているが、「abdication」は、王族に関して使われることが多く、その場合は退位する人物が特定の後継者を残すものである(よって適当ではない)。という主張です。
最近私たちが知っている王様の「退位」といえば、昨年亡くなったカンボジアのシハヌーク元国王ですが、子息の中から現国王が即位しています。元国王が指名したわけでは、なかったようですが、少なくとも王族は血統で継承されるのが基本です。
 
ローマ教皇の場合は、後継者はコンクラーべと呼ばれる枢機卿による投票により選出されることが知られています。
そもそも教皇が存命中に退位することが極めて例外的であることもあって、自身の後継者選定に公式には関われません(実態はどうだか知りませんけど、やはり死後の投票への影響力は限られるでしょう)。
血統などによらず互選で選ばれる教皇に、王族と同じ語を用いるのはおそらく適切ではないでしょう。なので、やはり教皇の退位について言及するならば、resignationが適切そうです。
 
日本では、天皇は終身であることが定められており、誰かが「退位」する可能性はないわけです。こうなると、「退位」なる言葉は外国人専用ってことになりますね(もちろん、歴史上は、天皇が退位して上皇となったケースは多いのですが、退位ではなく「譲位」という表現を使うことが多いです)。
まあ、比喩的に長期間に渡って社長や会長の座にあった企業トップが「退位」することは、あるかもしれませんけど。
そんなわけで、今回の「退位」は、滅多なことでは体験できない、非常にめずらしい歴史の瞬間に立ち会えた、ともいえそうです。

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2013年2月19日 (火)

EURO24プラスワン
あらもう一週間
先週の水曜日(3/20)に、NHKの春の語学番組発表会にお邪魔してから、早くも一週間がたってしまいました。まったく、ちょっと油断するとあっという間です。
なので、もはや速報の意味はないのですが、この件、もうちょっと書きます。

私はこの発表会には今年と昨年、そして三年前の三回ほど参加しているのですが、今年はその中で最も「驚き/新鮮さ」には欠けたかな、というのが正直な感想です。
三年前には、ちょうど「EURO24」がスタートするという目新しさがあり、昨年はその前年から告知されていた、英語関連番組のCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠:Common European Framework of Reference for Languages)への準拠が本格化するなど、常にSomething newがありました。しかし今年に関しては、こうした番組コンセプトに関わる大きな変化はなく、いわばまっすぐ見通しの良い高速道路を安定したスピードで走っているような感じです。安定しているけどつまらない。

もしかすると、昨年は戦場カメラマン、渡部陽一さんというとびきりの個性がゲストで登場したのに比べると、今年のゲスト陣がおしなべて優等生的で面白みには少々欠けていたことも、影響しているかもしれません。
なんとなく盛り上がりに欠ける中で、司会のお二人(パトリック・ハーランさんと坂下千里子さん)が奮闘する、という図式に終始しました。

今年の「プラスワン」
英語以外の外国語として、おそらく学習者の数や教材の豊富さで順番をつけると、まず中国語と韓国語がきて、次にフランスとイタリア、スペインとドイツが続くというのは、NHKの番組構成だけでなく、書店の外国語学習書のコーナーからも妥当なところでしょう。
使われている地域の広さや人口で考えると、まだまだアラビア語やスラブ系の言語は学習者が増えても良いように思えます。

昨年は渡部陽一さんの「テレビでアラビア語」が新作だったのに続き、今春はソチ五輪を来年に控えた「テレビでロシア語」が新作として放映されます。
ここしばらく「EURO24」で安定しているヨーロッパの言葉に、プラスワンとしてロシア語が加わる形ですね。どうせなら、金曜の同時間帯に放映してしまってもいいのに。ロケ地はサンクトペテルブルクで、知名度も魅力度も他のヨーロッパ4言語の舞台に決してひけをとりません。

言葉、あるいはその社会に
「テレビでロシア語」の紹介コーナーで登場した小林麻耶さん(私はこのかたをほとんど知らないので、周囲の記者さんとの温度差をとても強く感じましたが)は、オリンピックを現地から伝えることの楽しさについては語ってくれましたが、肝心のロシアについては今のところさして関心がある様子ではありませんでした。
昨年の渡部陽一さんに比べると、この辺りが私にとってはつまらないものと感じられた理由だったかもしれません。

同じく、ドイツ語のゲストとして登場した俳優の高橋光臣さんは、ドイツの印象を歴史とかお城とかいった通り一遍の回答でごまかしていましたし、フランス語に出演する真飛聖さんもフランスについてはあまりご自身の言葉では語ってくれません。
正直なところ、仕事がきたので受けた、的な感じは受けましたね。すくなくとも、この点では「リトル・チャロ4」の新舞台でもあるニューヨークでの体験を重ねて話したKENCHIさんのコメントだけは、聞いていて印象に残るものでした。

NHKの語学番組の生徒役というのが、一体どの程度魅力のある仕事なのかはわからないのですが、せめてその言葉や話されている地域の文化、人々の魅力を伝えられる人選でないと、新たな学習者が増えそうな気がしません。そのためには、ドイツ大好き、フランスに移住したい、私は実はイタリア人、くらいの人を捕まえてこないと、いけないんじゃ?
まあ、実際には始まってみないと、わからないのですけどね。
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2013年2月25日 (月)

手袋を、どうする?
まだまだ寒い
1月の下旬から2月にかけて、突如として春がきたかと思えるようなお天気があったかと思えば、また寒くなって雪がちらつくなど、春はまだやってきません。
自宅近くにある梅の木も、ようやく枝毎にひとつふたつと花が開いてきたものの、もう一つきっかけが足りないようです。まあ、あと数日といったところでしょうけど。

こう寒いと、特に辛いのは肌が露出している部分。
顔はまあ、仕方ないとしても、素手を出して歩いていると室内にたどり着いてからもしばらくはキーボード操作もままなりません。iPadがもうちょっと発熱してくれればいいのに、とさえ思います。バッテリーの持ちを犠牲にしてでも、iPadが回路になるアプリなんて、ないですかね? そんなのあったら危険か。
そんなわけで、やはり強がらずに手袋を使うのがいいです。

手袋を、に対応する動詞は?
私は北国育ちなので、冬の間は当然毎日手袋を使っていました。で、この手袋を手に装着する行為を表す動詞は、「手袋をはく」と決まっています。
ところが、就職して東京に出てくると、ほぼ全員から「その言い方はおかしい」と指摘を受け続けているのが、この「手袋をはく」なのです。たぶん、「はく」地域から首都圏に出てきた人たちは、全員が同じように言われた経験があるんじゃないかと。

東京人の言い分だと、「はく」は「履く」であって、足及び下半身に何かを身につける時にだけ使うものだというのです。すなわちパンツや靴下やズボンやスカートには使うが、手は足じゃないので、「手袋をはめる」ないし「つける」でないとおかしい、という理屈。
中には、「北海道人は四足歩行しているのか」などという口の悪いやつもいますけどね。
ちょっと検索してみると、北海道だけでなく四国や関西などにも「手袋をはく」人々は分布しているようで、自分たちが聞いたことがないからといって日本語扱いしないのは、これはもう、東京人の奢りであると断言せざるを得ません。

手袋は「手の靴」
さて、手袋に対応する英単語は、よく知られているでしょう。「glove」です。
では、ドイツ語ではなんというでしょうか? なんとこれが、「der Handschuh」なんですよ。「手の靴」ですよ。
ほら見なさい。東京人などよりもずっと手袋というものに馴染んでいるドイツ人にとって、あれは手に装着する靴なのです。なので、はいたってなんの問題もありません。

一応動詞との対応を確かめてみると、「die Handschuhe anziehen」となっています。
当然、靴もズボンも使うのは「anziehen」ですから、「Er hat seine Handschuhe angezogen.」とあったら、「彼は手袋をはいた」と訳してなんの問題もないのであります。

先日テレビ番組でとある俳優が雪国の温泉地に夫婦で旅行して、屋根から雪をおろしている人に向かって「雪かきご苦労様です!」などと声をかけていました。私は、それは「雪下ろし」であって、「雪かき」ではないぞと盛んに突っ込んでいたのですが、おそらくどちらも同じようなもの、という感覚が多数派かもしれません。
なので、きっと手袋をはこうがはめようがさしたる問題ではないんでしょう。ドイツ人に「die Handschuhe tragen」と言っても、別に叱られないでしょうし。
でも日本では手袋の本場は北国です。その一部である北海道人が「はく」と言ってるのだから、否定せずに受容する度量が、標準語には必要ではないかと、冬がやってくるたびに思うのです。

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2013年2月27日 (水)

ことばの、その先へ
新年度キャッチフレーズ
間にいろいろと挟みつつ、また、これを機会に更新頻度を戻しつつ(いつまで続くことやら...)の、NHK語学番組発表会の報告第三弾です。

この春の新番組のキャッチフレーズは、「ことばの、その先へ」
発表会は冒頭の挨拶に続いて、街中での若い人たちへのインタビュー映像で始まりました。質問は、「あなたは世界で、通用しますか?」というもの。
街頭でのインタビューなんて、どうせテレビ局が自分たちのストーリーに都合の良い部分だけをつなぎ合わせるためのものなので、情報としての信用度はゼロに等しいですが、今回もまたすべての若者が「無理です」「通用しません」「英語が話せれば...」というお定まりの回答。

これから世界を舞台に活躍したいなら、あるいは、そうせざるを得ないのなら、やはり英語をはじめとした外国語の習得は必須である、というのは、まあ一般論としてはその通り。
このあと、先日紹介した「あなたは日常的に外国語を使っていますか?」という会場への問いかけにつながるわけで、各社の記者・カメラマンのかたがたがいずれも自信を持って挙手できなかったことで、映像が決してウソではない、という説得力が増したのは事実です。NHK、進行うまいですよね(笑)

ことばの先に何が?
ただ好奇心で外国語を学ぶ人も含めて、目指す水準までその言葉を習得したら、(たとえ漠然とでも)やってみたいことがあるでしょう。
それは今回のゲストでは、小林麻央さんが「ソチ五輪の感動を現地で伝えたい」といい(ニュースで取り上げられたのは、「ダンナがほしい」のほうばっかりでしたけどね)、真飛聖さんと高橋光臣さんが「半年後に卒業旅行に」と話したように、仕事や旅行に関わることかもしれません。
あるいは、映画や小説を原語で楽しむことでも、その言葉を話す友人との会話を増やすことでも、あるいは彼・彼女らに日本の文化を伝えることでも、なんでもあり。かくいう私も、結局のところ「旅行先でビールを注文できればOK」だったりするのですが...

今回、いささか悪ノリの傾向はあるにせよ、司会のお二人(パトリック・ハーランさんと坂下千里子さん)が「ロシア語といえば小林麻央、となるとお得」といった、「語学を習得して得られる実利」にトークの内容を引っ張り続けたのも、「ことばの、その先」にある何かを意識しよう、という意味だったんでしょう。

外国語の学習というのは、他のいろいろな訓練や学習と比較しても、習得に時間を要する上に上達の実感を得にくいものです。
なので、だいたいは途中で嫌になったり、自分には向かないのではないか、という疑念にとらわれたりします。そこで中断しては、挫折感と焦燥感だけが残る繰り返しじゃないでしょうか。
もし、苦労して英語を片言で話せるようになったとして、それで何がやりたいのか? という「先」が何もなく、単に周囲の外国語熱や「グローバル化」なる言葉に踊らされているだけだと、たぶん続かないですよね。

「その先」をイメージする
私のように普段運動しない人間が突然フルマラソンは走れないように、少しずつしか前進できないものというのは多いです。で、語学はその典型。
きっかけはなんであっても、外国語を学び始めて数ヶ月でいきなり流暢な言葉が流れ出して...なんてことは、ドラえもんにでも頼まない限りありえません(外国語教材の販売会社の目的は、「教材を売って利益をあげること」であって「私たちの英語力の向上」ではないことをきちんと理解しましょう)。

そこでオススメは、手が届きそうだけど、でもそこそこの努力が必要な具体像を、「その先」としてイメージすることです。実現できた時の楽しさや達成感と、困難度のバランスがキモ。
旅先でマルシェに立ち寄って店の人たちと挨拶しながら買い物を楽しむとか、 露天での値切りテクニックを徹底して身につけるとか、あるいは海外ミステリーの新作を翻訳前に読むとか、なんでもいいと思います。それぞれの「その先」を見つけることができれば、思うように伸びない焦りよりも、ほんの少しずつでも前に進む楽しさが勝つように、なるんじゃないでしょうか。

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