
2009年2月 7日 (土)
生来のナマケモノは、学校に行ったほうが良い
「やる気」には何度もなるんだけど 「英語ができる自分」を長年にわたって妄想してきただけあって、英語をしっかりと勉強し直そう、と思ったことは一度や二度ではありません。大学を卒業して、わざわざ時間をとって勉強する時間というものがなくなる一方で、さまざまな経験を経て英語が使える人と会う機会も多くなって、むしろ「その気があるなら、ちゃんと勉強しなくちゃな」という気持ちは高まったといって良いかと思います。 そんなときはお決まりのパターンで、書店に行ってラジオやテレビの英会話講座のテストを手に取ったり、英語学習参考書のコーナーで次々にいろいろな本を眺めたり。もちろん、何度も実際に本を買ったり、CD教材を買ったりもしました。 けれど、ダメなんですよ。本はだいたい最初の10ページまで、CD教材だって良いところ2~3のセクションを聞いたら、それでお終い。なんとなくやる気が失せて、忙しいからと脇に寄せ、数週間もすればそれらの教材はどこにいったんだかわからなくなりました。 私は生来のナマケモノ やらずに済む努力はしない、明日で良いことは延ばす、そんな性格なので、小中高校と成績は決して悪くないけれど絶対に一番にはなれず、復習を怠るので試験ではポカミスが絶えない、いつも宿題を忘れるものだから教師にも睨まれる... よくもまあ、これまでやってこられたものだと、われながら運の良さに感心するほど。そんなナマケモノが、自らを律して勉強することなど、そうそうできるわけがありません。本や教材を買ってきて、自分の意思で毎日時間をとって勉強するなど、まずムリ。 必要なのは、背水の陣 社会人になってからもっともまとまった時間勉強したのは、おそらく中小企業診断士の試験勉強期間ですが、このときは周囲の同僚や上司に受験中であることを宣言し、友人と勉強会を定期開催することで逃げ場をなくしました。ナマケモノとはいえ、背水の陣を敷けばなんとかなるのです。でも、英語学習では背水の陣って、なかなかないですよね。 試験勉強ならば試験に合格しちゃえば終了ですが、英語ってここまでやったから完成、という区切りがありません。海外赴任の予定があったわけでもなく、宣言できるゴールがないのです。 結局、社会人になってから15年ものあいだ、私は2~3年おきに思い立っては本や教材を買っては数週間で忘れる、ということを繰り返してきたのでした。 たぶん私はナマケモノ度合いに関しては相当高水準にあると、日頃思っているのですが(そんなこと威張るなっ!)、経験上、こういう人は自分を縛り付けるなにかをもたないと、努力を継続できません。 縛り付け方のひとつは周囲への約束、たとえば「1年後にTOEICで900点取る!」といったものですが、ただ宣言するのではなく、成功したときに自分もうれしいインセンティブがあると良いですね。ただし、彼女に「900点取ったらプロポーズするから」なんて宣言したら、その場でふられるかもしれませんけどね。 ちなみに、(英語の話じゃなくて恐縮ですが)私は中小企業診断士の受験時には、「2次までストレートで受かったら、かねてからほしかった『DATウォークマン』(知ってます?)を買う」と心に誓っていました。いわゆる「自分へのご褒美」作戦です。 英会話教室は、自分を縛り付ける道具だった 筋金入りのナマケモノの私にとっては、もっと楽な(でもちょっとお金はかかる)縛り付けかたが、英会話教室に通うことでした。英語話者の友人知人がなく、会社でも使う機会の少ない人が、週に一回ないし二回、かならず英語を勉強する時間を作ろうと思ったら、やはり一番簡単なのは教室に通うことです。 しかも、前払でキャンセルしたらそのぶんはムダ、しかもけっこう高い、というふうにしておけば、もったいないのできちんと通うでしょう(なので、チケット制で行ったぶんだけ減る、という方式は私にはあわないと思う)。 外国語学習のために教室通いは、決して万能でもなければ、だれにとってもものすごく有効とはいえません。 とはいえ、自分一人ではなかなか継続できない人(たぶん、とっても多いんじゃないかと思います)にとっては、かなり有効な手段なんじゃないかと。そこそこ勉強が進んで挫折の可能性が低くなったら、自主勉強が継続できるようになるように思います。 せっぱ詰まった事情がなければ、とにかく前に進んでいることが実感できることこそが、継続力の源だと私は思うのです。それさえあれば、ラジオ講座を継続して聞くことも、そう苦痛を伴わずに継続できるかもしれません。 ようは、自分の性格や生活のパターンにあった学習方法を見つけられれば、意外と続けられちゃうものなんでしょう。 |