2013年12月 8日 (日)
言語チャンピオン ベンゲル、もといヴェンゲル
言語チャンピオン なんて日本語で書くと良くわかりませんが、英ガーディアン紙が今年から「Guardian Public Language Champion」の表彰を開始し、その最初の受賞者が日本でも名古屋グランパスを率いたことで知られる、アーセナルのアーセン・ベンゲル監督に決まったそうです。 この賞がどういう経緯で設けられたのかはよく知らないのですが、もともとBritish Academy(英国学士院...で、いいのかな)が昨年から言語教育に優れた学校の表彰を行っていて、その協賛企画のような形でスタートしているようです。 最終候補者の5名への投票を呼びかけるニュースをみたところ、ニュースキャスターやコメディアン、俳優など、いずれも複数の言語を使いこなす、いわば「多言語のロールモデル」が選ばれていました。 残念なことに、名前や写真をみても私にはベンゲル監督以外はわからないのですが。 一般投票と、審査員の意見を50:50の割合で決定する、と書いてありますから、おそらく一般投票ではベンゲル監督に多くの票が集まったのではないかな。 仮に日本でやったら、どんな人に票が集まるでしょうね。パトリック・ハーラン? ダニエル・カール? はたまた高見山大五郎?(古いか...) ベンゲル監督の言語環境 今回英文での(もちろん、Guardianの)記事を読んで、まず改めて認識したのが、「ベンゲル」という綴りでした。なんとなく「Benger」とかかなあ、と思っていたんですが、「Wenger」でした。なんだか、Wagnerと空目しそう。 「We」が「ウェ」ではなく「ヴェ」になるということはドイツ系? と思ってWikipediaの記述に目を通すと、「ドイツ(アルザス)系フランス人」との記述が。なるほど、多言語の申し子のような場所です。 アルザスといえば、セットになるのがロレーヌ。「アルザス=ロレーヌ、アルザス=ロレーヌ」「フランス万歳」で有名なドーデの短編小説「最後の授業(La Dernière Classe)」の舞台です。 もともと、ライン川両岸の地区はフランスとドイツとに挟まれ、実際には両者から距離を保った独自の文化圏としての歴史を持つ地域です。30年戦争でフランスに組み入れられ、普仏戦争でドイツに占領され、そして第一次大戦でふたたびフランスに、という流れをたどり、第二次大戦後もフランス領です。 とはいえ、言語はドイツ語に近いアルザス語。食文化でもザウアークラウトがシュークルートという名前で親しまれているなど、ドイツに近いといって良いでしょう。 この地区の中心都市が、欧州議会の所在地としても有名なストラスブール。 独仏の和解をベースにしなければ生まれなかったEUの中心のひとつとしては、実にふさわしい場所です。ベンゲル...いやヴェンゲル監督は、この街の出身だそう。 それゆえ、アルザス語のほかに、フランス語とドイツ語を早くから身につけていたというのも納得です。もちろん、ストラスブールに生まれ育ったからといって必ずそうなるわけではないのでしょうが、そもそも多言語・多文化を受容することを前提とした環境といえます。 才能でもあり、必然でも ヴェンゲル監督は、Guadianの記事によれば、英独仏に加えて日本語を、Wikipediaによるとイタリア語とスペイン語もある程度、できるとのこと。 ヨーロッパでサッカーチームの監督として活躍する上では、たしかにこれらの言葉は(まあ、日本語は別として)必要といっても良いでしょう。英国のチームなのだから英語で通しても問題はなさそうですが、個々の選手と話し合ったりするケースでは、おそらくその選手の母語を使えることは大きなアドバンテージになります。 もともと独仏に挟まれた地域で生まれ育ったこと、サッカーという、複数の国々から集まる人々との協働作業を仕事として選んだことなど、環境や必然からの多言語能力であることは間違いありません。 おそらく、私たち日本人だって、ヨーロッパに(もちろん英国以外の)生まれていれば、まあ二つか三つの言語くらいは、普通にできていたでしょうから。 けれど、多くの言語で「人を動かせる」ほどの仕事ができるのは、これはもう才能と努力の成果というしかありません。こうした人物を、学校教育での外国語教育と並行して具体的なロールモデルとして示すことは非常に重要です。 サッカーでいえば、日本人にもイタリアで通訳を通さずにインタビューに答えていた中田英寿、アジアカップで英語でPKに使うゴールを変更するよう審判を説得し勝利に結びつけた宮本恒靖、移籍前からさまざまな外国語の習得で準備をしていた川島永嗣など、多くのロールモデルがあります。 彼らを一部の才能に恵まれた特殊例として遠ざけてしまうのか、あるいは自分が選んで到達できるモデルとみなすのか、その心の持ちようで、外国語とうまくつきあっていけるかどうかは大きく変わりそうです。 |